卵焼き


画像1

“卵焼き”
それは熱したフライパンにグルグル溶いた卵を少しずつ流し込み
クルクルっと巻き上げてできあがる料理

こんなシンプルな料理なのに
なぜ、あんなにもそれぞれの家庭で味が違うんだろう

この卵焼きに含まれる(と思われる)“あれ”を
解き明かしてみたいとおもう

我が家は一緒に暮らし始めた頃から変わらず
妻のふんわり優しいだし巻き卵だ


最近、僕は役所のような場所に週2日勤めるようになった
これはチャンスとばかりに
“お弁当”を彼女にお願いしてみた

「え〜めんどくさ〜い」

といいながら次の日から前の晩の残りと卵焼きを必ず入れた
お弁当を持たせてくれるようになった

お弁当の蓋をパッとあけたときのイエローの輝き
見ただけで口の中にふんわり広がるあの味わい


最後の晩餐にはなにがいい?と聞かれたら
迷わず所望するであろう卵焼き

もう30年近く彼女の“それ”をお箸で口に放り込み
炊きたてのご飯と共に食している僕の右腕ぐらいは
きっとほぼ“それ”でできているといっても過言ではない


彼女のことを少し紹介してみる

20歳で僕と出会い1年後に結婚
25、30、35歳でそれぞれ3人の娘を出産
40歳で犬が来て45歳で孫が来た

この世に産まれてもうすぐ半世紀、
いまは僕と3女と犬と暮らし
近くに住む長女や孫と時折たわむれながら
離れて暮らす次女をいつも案じている

のんびり屋さんに見せかけて人一倍の心配性
自分の物は買わないが誰かに物をあげるのは好き
自分以外の誰かが危機に直面したとき
とっさに命をかけられる強さを秘めている
(僕も命を救われた)

私はなんにもできないよ〜といいながら
僕をてのひらで、踊らせて
それをニコニコ見守りながら
そっとずっと支えてる

毎日、食事の献立を考え買い物をし
料理を作って食べさせた後、片付ける
本人曰く全く好きじゃないこの仕事を
もう30,000回以上もほぼ休みなくこなしている


僕と出会うまでの彼女の人生は壮絶そのものだ

母が17歳のとき彼女を出産、その後、子を残し、家出からの自死
僕と同じ時期、中学のとき1年ほど家族と離れて生活
(自業自得の僕とは理由は全く違うけれど)

優しかった最愛の父も白血病を患う
2年の闘病の後、子どもたちに看取られ天国へ

その前後に育ててくれた祖父母も亡くす


愛する人がみんないなくなる恐怖はどれほどだったろう


僕の周りにはなぜかそんな
壮絶を背負った人間がゴロゴロいた

そしてそのほとんどがスネたりグレたり
言い訳したり腐ったりしていた

もちろん僕もご多分にもれず将来も見えず
確固たる自信もないくせに粋がって
かっこつけてイケてるフリをしながら一人、膝を抱えてた

なのに彼女はいたって普通
普通であることのえげつなさに恐れおののくほど
清々しく普通

おいおいそんなに普通でいられたら
こっちがめっちゃちっぽけであほみたいやん

ダサくて臭くてもう、やばすぎるやんと
気づかされそんな彼女に僕は救われたのです
(いまでもずっと救われっぱなし)

もちろん彼女の中にだってそりゃ
不安や自責の念やなんでわたしだけ?
という誰もが持つ当たり前の感情はあったのだろうけど

そんな全部をまるごと飲み込んで
まぁ仕方ないよね、と

画像3


そんな彼女がたまに食卓にのせるその卵焼き

運動会やなにか特別な日や
ときどきやってくるごきげんな朝に

僕はそれをずっと心待ちにしている
(お願いをしても気分が乗らないと作ってくれない)

なにゆえこんなに”“それ”が待ち遠しいのだろうと
お弁当を持たせてもらうようになってから考えた
(頻繁に食せることがどれほどのことかわかってほしい)


それはきっと

“変わらない”

ことがあるということを
かすかにそして確かに、味わえるからだ

大人になる前に
母に置いてかれた彼女と
肉親に愛想尽かされ放り出された僕には
簡単に信じきれるはずもない、この“変わらない”

恥ずかしげもなくいうならば
“永遠の愛”のかけらを感じさせてくれるのが
この卵焼きなのかもしれない
(なにをおおげさと言われればそれまでだけど)

そう、きっとそれがもうあの卵焼きに染み込み
“変わらない”を信じきるための根っこを育ててくれている

なにがあっても全部ひっくるめてグルグルかき混ぜて
ジュワーとしてクルクルっと巻き上げてできあがり

この、そこはかとない
圧倒的な“大丈夫”感

もうなにがあるとかないとか
誰がいいとかわるいとか
そんなこととは全く違うレベルでの
“あるがまま”の受け入れ具合

30年変わらぬその味に滲みているこれこそが
“あれ”なのである

人生の酸いも甘いも全部ひっくるめて
ギュッと調味料に変え、パッパとふりかけ
こんなのでよければ、はいどうぞ、と

彼女はそんなことみじんも気づいてはいないけれど
この卵焼きに刻まれた

“それでも私は家族を守りたい、守るんだ”

という祈りにも似たその彼女の覚悟と気迫は
僕や家族の身体の髪の先の先にまで染み込んで
惜しみなくそれはそれは愛おしい芳香を放ち続けるのだ



それぞれの家庭にある卵焼きそのかけがえのない味わいは
各家庭オリジナルのフレーバーをしみ込ませ
それぞれの人生に“安心”という年輪を刻みこんでゆくのだろう


これからもきっと彼女は普通でありつづけ
どこかに飛んでいきそうな僕を
この世につなぎとめてくれるから

「死ぬまでほんとにありがとう」

と先にここで呟いておきます


さっき(午前7時18分)3人目の孫がこの世に産まれた朝に

画像2


りるは、WELCOMEよくきたね
杏樹もがんばったね

みなさんもどうか、ごきげんよう

こんなノロケ話にお付き合いありがとう
だけど彼女との出会いがなかったら
産まれなかった命の誕生の日なので
どうか大目にみてください


あ~彼女の卵焼きが食べたい

2020・8・23 AM11:03         ALI-KA

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?