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幻覚を見た話

私は幼いころから母に、「あんたは統合失調症になるかもしれないから気を付けな」と時々言われていた。

なぜかというと、父方の祖母が統合失調症で、その祖母に私がそっくりだかららしい。
祖母は私の物心ついたときには症状はもうすっかり落ち着いており、ややボーっとした大人しい人というイメージしかなく、
毎日の炊事も普通にこなしていたのであまりピンときていなかった。
母はそんな祖母をロボトミーをしたからあんな廃人になったんだみたいなひどい冗談をたまに言っていて、なんだこいつと母に対して思いつつも
なんとなく、もしかしたら自分もそうなることがあるかもしれないなとは思っていた。

二十代半ばの時、眠れないほど胃が痛くなった時があり、検査をしたら膵臓(すいぞう)の腫瘍が見つかって手術をすることになった。
その手術の前の検査で膵炎になってしまい、膵炎というのはとにかく膵臓が痛くて動こうが静かにしてようが変わらず痛く、
たまに痛み止めをうってもらえばいくらか楽になるが痛みは残り、その痛み止めも何時間あけるとか一日何度までとか決まっているのでかなり痛くてもある程度は我慢しないといけない時もあった。

そのような状態が二週間ほど続いた。
もちろん何も食べることもなく、飲むのも禁止されていた。点滴を打っているので死にはしないが、
だんだん血管が細くなって点滴を打つのも難しくなり、手の甲に針を刺され痛いし手を動かしにくくなった。
痛みで眠ることもできず、夜は特にガラケーで時間を確認するくらいしかすることがなかった。
そんなある日だった。

閉じているはずの窓のブラインドから、かすかに光を感じた。
目を凝らすと、外の景色が見える。
外は夜の町だ。人が何人か立っている。

目をそらして、それからもう一度ブラインドを見る。

景色は変わらなかった。
じっと見ていると外にいる人が自分に気づき始める。
私はこれ以上見ていてはいけないと思い天井を見た。
そうしたら、病室の壁にぎっしりと文字が書かれているのが見えた。
「卒業おめでとう」だとか、「また会おうね」だとか書いてあった。

私はそれを見て怖くなった。怖いのは外の人が気づいたことでもなければ、文字がびっしりと書かれていたことでもない。


これは「幻覚」だとわかったからだ。


本当の窓の外は味気ない病院の別棟の壁が見えるだけだし、病室の壁もそうだ。
もしかして私は病気のストレスで統合失調症になってしまったのでは……!?と思い、心底怖くなった。
今まで幻覚というのはいきなり変なものが現れては消えるというようなイメージがあり、こんなにもシームレスに入ってくるのかということにも驚いた。
このままでは現実と幻覚の区別がつかなくなってしまうのでは……と不安を抱えたまま夜をすごした。

朝になった。
ブラインドの方を見ると、やはり何かが透けていた。
大量の落ち葉を、子供がひとりで蹴ってあそんでいた。見つめていても子供は私に気づかなかった。
時刻は9時頃で、学校は行かなくていいのか、それとも学校に行きたいくないのか?などと思った。
痛い体を無理やり起こしてブラインドをめくると、そこには味気ないクリーム色の壁があるだけだった。

その夜も、次の朝も見えるものは同じだった。
そのうち、栄養を全然とれてないからカロリー点滴にしましょうか、腕からはもう入らないので首からにしますと言われそれが嫌で
母に言ったら「ここの病院にいたら死ぬ!!!」と言い別の病院に転院になった。
転院したら何が見えるかと不安だったが、窓がない側のベッドだったので変な景色は見えなかった。
よくわからない夢を見て半ばパニックになりながら看護師に言ったらその日は睡眠薬を渡され次の日精神科医を呼ばれた。
精神科医は私の顔を一目みるなり「大丈夫ですよ」と一言いってすぐ帰っていった。

私は統合失調症ではないらしかった。幻覚は睡眠不足と体が弱っていたことにより見たのだろう。
(そもそも統合失調症って幻聴の方がメインイベントで幻覚はない人もいるらしい)
転院してから調子は順調によくなり、カロリー点滴もせずにすみ幻覚や変な夢もそれっきりなくなった。
手術もその病院でして完治した。

もう好発年齢も過ぎているし、なることはないだろうが時々思うことがある。



窓の外の景色が、ある日いきなり変わったら……?



おしまい

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