女神の見えざる手 / MISS SLOANE

ロビイストという職業をご存知でしょうか?
日本ではあまり馴染みのない職業ですが、彼らはとてもディープな世界に身を置いています。

この映画はロビイストがどんな仕事をするのか知らなくても、観ると物語に引き込まれ、展開に目が離せなくなる素晴らしい作品ですので、映画をお好きな方には是非観て欲しい1本です。

「MISS SLOANE / ミス・スローン」というタイトルで分かる様に、この映画はひとりの女性の生き様を描いています。 ワタシの大好きな女優ジェシカ・チャステインの、キャリア最高の演技が観られる(と、ワタシは思っています)社会派ドラマです。

ストーリー紹介 (-∀-)

アメリカの政治の中心、ワシントンD.C.にある最大手のロビー会社、コール=クラヴィッツ&ウォーターマンで働く有能なロビイスト、マデリン・エリザベス・スローン(以降リズと呼ぶ)。

時に手段を選ばず、勝つことにこだわるリズの仕事ぶりは、緻密で天才的。 業界では知らぬ者がいないほどの存在でした。

4月18日 リズは弁護人ダニエル・ポスナーとワシントンD.C.にある連邦議事堂に向かっていました。
ロナルド・スパーリング上院議員が議長を務める聴聞会に証人として呼ばれたリズは、議長と向かい合う中央の席に座るよう促されました。

氏名や現住所などの確認事項の後、スパーリング議長はリズに質問をしました。
「コール=クラヴィッツ&ウォーターマンでの仕事は?」 弁護人のポスナーに視線をやるリズ。

「弁護人の助言により、米国憲法修正第5条(※終わりの方に解説あり)に基づき、答えることを拒否します」 リズは事前にポスナーと打ち合わせた通りの答弁をしました。

聴聞会でリズが質問を受けることになった発端は、3ヶ月と1週間前に遡ります…。

リズと彼女のチームは、当時インドネシアからアメリカに輸入されるパーム油(*)に掛かる輸入課徴金を撤回させるロビー活動を展開していました。

*パーム油…アブラヤシの果実から採れる植物油。マーガリンや石鹸などの原材料になる。

リズの同僚パット・コナーズも経験豊富なロビイストで、リズとコナーズのチームにいる部下たちも有能な若手が多くいました。 特にリズに能力を見込まれ、二年間リズの片腕として仕事をして来たジェーンは、頭脳明晰で優秀な社員でした。

ジェーン自身はいずれ会社を辞めて、学問の世界(大学院)に行くことをリズに示唆していましたが、持っている知識は実社会で活かすべきだと、リズにそう言われていました。

チームが取り組んでいる仕事に関して、自分の部下が少しでも勉強不足だと感じたなら、リズは遠慮なく課題を負わせました。

その日も午前中の会議でリズの質問に答えられなかった若手社員のフランクリンに対して、午後までにエスペラント語(人工言語・国際補助語)で税法をを暗記するように指示が出されました。

そんなある日、リズは上司のジョージ・デュポンに呼ばれ、ある人物と会うことになりました。

リズを待っていたのは銃擁護派のビル・サンドフォード。 議会への影響力もあるサンドフォードは、超党派が実現を目指している「銃規制強化法案」を廃案にするため、リズの評判に目をつけ、会いに来たのでした。

多くの女性有権者の支持を得られていない銃擁護派は、現状を変えるためリズを起用したいと申し出ました。 サンドフォードの考え方は "女性と銃" のイメージを変えることでした。

"銃によって子供を失った母親" から
"銃で子供を守る母親" へ。
"銃に怯える虐待された妻" から
"暴力的な夫から銃で身を守る妻" へ。

一見、銃器保有賛成派とは遠い存在の女性組織をつくり、時間をかけて反対派から賛成派へと女性たちの意識を変えて欲しいと言うのです。

サンドフォードの話を黙って聞いていたリズは、堪え切れず爆笑し始めました。

「つまり…"安全な米国を目指す母たち"?(笑) "安全は国民すべての完全武装で成り立つ"」
「リズ!」 デュポンの表情が険しくなります。

「私の評判って "倫理的に曖昧" ということ?」
「倫理的な問題など無いはずだ」

女性たちの支持を得るために、"安全性を謳えば女性たちがなびく" などという古い人間たちが考えそうな安っぽい発想は、すぐに捨てるべきだと言い放ったリズ。

自分の考えを笑い飛ばされ、表情が固まってしまったサンドフォードは、女性支持の数字を少しでも増やしたいと力無く呟きました。

「なるほど。ではその数字を見てから話しましょう」

大物の顧客であり、強大な力を持つ団体の会長でもあるサンドフォードの考え方を真正面から否定し、上から物を言うような応対をしたリズは、デュポンの怒りを買いました。

「気は確かか?」
「(銃器購入に関する)現行制度は穴だらけ」
「今まで銃に興味など無かったくせに」
「私は銃乱射事件を憂慮しています」

現行の制度では、IDの提示無しで銃器ショーやネットで誰でも自動小銃が買えるという状況でした。
リズは銃規制強化法案で抜け穴だらけの銃器購入ルールに歯止めをかけたいと感じていました。

顧客のニーズよりも、自分が信じる考え方を優先させたリズ。 会社の方針に従えないなら、いてもらう必要はないとリズに宣告したデュポンは、女性票が擁護派に向くようにしろと、一方的に指示を出しました。

勝つために寝る間を惜しんで仕事をするリズは、長く目覚めていようとするために薬を常用していました。 夜、議員が集まるパーティーに参加したリズは、10分おきに薬を飲みに化粧室へ行きました。

パーティーを抜け出し、帰宅しようと建物を出た時、リズに話しかけてくる男がいました。

「噂によると銃ロビーの仕事を断ったとか」
男が新聞記者だと思ったリズは、歩きながらスマートフォンを操作し、ノーコメントだと答えました。

「銃規制強化法案を支持しているから(仕事を断った)大したものだ。 考えが違うと重要な顧客を断る」

リズは足を止め、男の目的を聞きました。
「用件は何?」 男は銃規制派についてどう思うか?と、リズに質問しました。
「負けるわ。 銃ロビーに比べ、資金力が雲泥の差」

銃規制派のロビー会社 "ピーターソン=ワイアット" についてはどう思うか?と尋ねる男に、リズは辛辣なコメントをします。

「政府関連問題に特化した "小物"(小さな会社)で、スーツを着たヒッピー集団」
「CEOのシュミットを知ってる?」
「聞いたことない。 でも、間違いなく修士号を持つニヤついた男よ」

リズのコメントを聞き、男はこう言いました。
「自己紹介がまだだった…ロドルフォ・シュミット。 ピーターソン=ワイアットのCEOだ。 ニヤつきが足りない?」
「どういうこと?」

シュミットは銃規制強化法案を成立させようとしているロビー会社のCEOで、所属会社と揉めているリズに、自分のところへ移籍して一緒に闘って欲しいという話を持ちかけました。

「これはピーターソン=ワイアットから君への提示額だ」 持っていたメモに何やら書くと、シュミットはリズに手渡しました。

迎えの車に乗り、考え込むリズ。
メモにはこう書いてありました。

"勝つ能力以外に信じるものは…"

次の日、コール=クラヴィッツ&ウォーターマンに出社したリズは、いつものようにチームの会議に出席しました。
全員が集まった会議の冒頭で、「ある発表がある」とリズが切り出しました。

「コール=クラヴィッツ&ウォーターマンを辞めて、ピーターソン=ワイアットで法案を通すために働く。 ここの全員に席を確保した。 給与や待遇も同じ。 ついてくる人は?」

リズが女性票を擁護派に向けてくれるものだと信じていたコナーズは、真っ赤になって怒鳴り始めました。

「勝てっこないぞ!」
「あなたは来ないのね?」
するとリズの部下であるロス、アレックス、ローレン、フランクリンが手を挙げ、リズについて行くことを表明しました。

「ジェーン、シュミットに "6人で行く" と連絡して」
「5人ですね」
「計算が違う」
「私が行くと?」
「冗談を言ってる場合じゃないのよジェーン」
「冗談ではありません」

リズの有能な部下だったジェーンは、リズに反旗を翻すように会社に残ることを表明しました。

資金力に大きな差があり、強大な力を持つ組織を相手に、極めて困難だと思われる銃規制強化法案を通すため、リズはピーターソン=ワイアットに移籍していきました。

ここから、法案を巡る熾烈な駆け引きが始まっていくのですが…。《続きは是非本編をご覧下さい》

作品の個人的な感想 (-∀-)

監督は「恋におちたシェイクスピア」や「マリーゴールドホテルで会いましょう」を手掛けたジョン・マッデン。 冒頭でも書いたように、この映画はロビイストたちが活躍する世界を描いています。

ロビイストは政権の決定などにも深く関与し、世論やマスコミまでも陰で操作する戦略のプロ。
相手よりも一歩先を予見し、勝つために必要な戦略を緻密に組み立て、それらを実行し、クライアントの要望を叶えるというものであります。

主人公のリズというキャラクターは、とても極端な人物ですが、ある意味、魅力的な人間だとワタシは感じました。

リズの戦略は洗練されていて、抜け目がなく、常に複数のプランを考えています。 負けるという前提で仕事はせず、時に味方である同僚でさえ、勝つためには作戦を明かさなかったり、敵が気付かない内に様々なトラップを仕掛けたりもします。

そんなリズですが、物語が進むと別の顔も見えて来ます。 ロビイストとして成功している反面、その代償として、私生活ではいくつかの問題を抱えていました。

局面が二転三転し、次にどうなってしまうのか読めないストーリー展開で、少しスリラー的な要素もあります。 登場人物は多めですが、それぞれに細かい役割があって、物語に自然な立ち位置で関わっていて、全く気になりません。

テンポが非常に良く、セリフの掛け合いも心地良くて、130分ほどの映画ですが、観ているとあっという間に時間が過ぎてしまう印象です。

主演のジェシカ・チャステインの高い演技力と魅力が詰まった、彼女の代表作のひとつだと思います。

リズを陥れようとする元同僚のロビイストたちと権力者。 敵対する彼らに、リズが切った最後の切り札とは何か?

ベタな言い方ですが "衝撃のラスト" が最後の最後に待っています。 その結末に、ワタシは鳥肌が立つと同時に、感嘆の声をあげてしまいました。

尚、劇中に出て来る米国憲法について、内容を知っておくとより作品を楽しめると思うので、一部だけですが載せておきます。

【米国憲法修正第5条】
何人も大陪審の告発、又は起訴によるのでなければ、死刑又は自由刑を科せられる犯罪の責を負わされることはない。(中略) 何人も刑事事件において、自己に不利な供述を強制されない。 又、正当な法の手続きによらないで、生命、自由、又は財産を奪われることはない。(以下略)
【修正第2条】
規律ある民兵は自由な国家の安全保障にとって必要であるから、国民が武器を保持する権利は侵してはならない。
【スタッフ】
監督…ジョン・マッデン
脚本…ジョナサン・ペレラ
撮影…セバスチャン・ブレンコフ
音楽…マックス・リヒター
【キャスト】
スローン(リズ)…ジェシカ・チャステイン
シュミット…マーク・ストロング
エズメ…ググ・バサ=ロー
ジェーン…アリソン・ピル
デュポン…サム・ウォーターストン
コナーズ…マイケル・スタールバーグ
ポスナー…デヴィッド・ウィルソン・バーンズ
サンフォード…チャック・シャマタ
スパーリング上院議員…ジョン・リスゴー
ローレン…グレース・リン・カン
アレックス…ダグラス・スミス
フランクリン…ノア・ロビンズ
ロス…アル・ムカダム

《2016年 / フランス=アメリカ合作 / G》

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