めぐりあう時間たち / THE HOURS

この映画は時代も住む街も異なる、ある三人の女性の物語です。

一人目はイギリスのヴァージニア・ウルフという作家で、1923年の話。 二人目はローラ・ブラウンというロサンゼルスに住む主婦で、1951年の話。 そして三人目はニューヨークで編集者の仕事をしているクラリッサ・ヴォーンで、2001年の話です。

実在した作家ヴァージニア・ウルフが、1925年に実際に書いた小説『ダロウェイ夫人』を物語の中心に、異なる街、異なる時代に生きる女性たちが、一冊の本によって人生が交錯していく物語です。

三人に起こる出来事が交互に語られていくのですが、不思議なほど流れに違和感が無く、ある意味に於いては、ひとりの女性の物語として成立している様に見えるほど完成度が高い作品だと思います。

ストーリー紹介 (-∀-)

1941年 イギリス・サセックス
あるひとりの女性が夫への遺書を残して、自宅近くの川辺にやって来ました。 上着のポケットに大きな石を詰め込み、冷たい水の中に入った彼女は、深い川の底へ沈んでいったのでした…。

1923年 イギリス・リッチモンド
作家のヴァージニア・ウルフはロンドンに住んでいた頃に精神を病み、夫であるレナードの判断で夫婦一緒に田舎町のリッチモンドに移り住みました。

静かな環境に身を置き、自宅で療養しながら執筆を続けていたヴァージニア。 往診に来る医者の見立ては、ヴァージニアの病気は悪化はしていませんでしたが、自宅で安静にするようにとレナードには告げられていました。

その日の朝、ヴァージニアは小説の書き出しを思いついたとレナードに話し、部屋に戻って執筆を始めました。

"ミセス・ダロウェイは言った…花は買ってくるわ…私が…"

1951年 ロサンゼルス
専業主婦のローラ・ブラウンは、まだ幼いひとり息子のリッチーと、元軍人の夫ダンと三人、何不自由の無い生活を送っていました。

朝、目が覚めたローラは体を起こし、ベッドに座りました。 その日はダンの誕生日で、ローラのお腹には二人目の赤ちゃんがいました。 枕元に置いていた小説本「ダロウェイ夫人」を手に取り、ローラは冒頭の一節を黙読しました。

"ミセス・ダロウェイは言った。「花は私が買ってくるわ」"

2001年 ニューヨーク
編集者の仕事をしているクラリッサ・ヴォーンは、その日の朝、同居しているパートナーのサリーに言いました。

「サリー、花は私が買ってくるわ」

詩人で小説家でもあるリチャードが、詩人にとって権威のあるカラザーズ賞を受賞したことを祝うため、クラリッサはパーティーの準備のために、近所にある行きつけの花屋に向かいました。

クラリッサにとってリチャードは昔の恋人で、近くにあるビルの上階に住んでいました。

「ミセス・ダロウェイ、君か?」
「ええ、そうよ。 私よ」

クラリッサのことをそう呼ぶリチャードは、この部屋に一人暮らし。 小説『ダロウェイ夫人』の主人公が「クラリッサ・ダロウェイ」だったためか、リチャードはあだ名としてそう呼んでいたのでした。

実はリチャードはエイズを患っていて、クラリッサは長い間、毎日のように部屋に足を運び、身の回りの世話をしていました。

花を部屋に飾り、散らかったものをまとめながら、パーティーに来るように話すクラリッサ。 けれど、リチャードは長い闘病生活からか、悲観的なことを言うばかり。 自分が大きな賞を貰えたのも、病気になったことが理由じゃないかと呟きます。

自分が死んだ後のことを考えるようにリチャードに言われたクラリッサは、複雑な気持ちで逃げる様に部屋をあとにしました。

〜三人の話は重なるように語られていきます〜

部屋に籠って執筆を続けるヴァージニア。 昼食のメニューを相談するようにとレナードに言われた召使いのネリーは、ヴァージニアが仕事をしている部屋の扉をノックしました。

精神的に気持ちの浮き沈みが多いヴァージニアのことを、普段から良く思っていなかったネリーは、その気持ちが態度に現れていました。
ヴァージニアもまた、ネリーに対して同じ様な感情を抱いていました。

その日の午後4時、ヴァージニアの姉であるヴァネッサと子供達が、ロンドンから遊びに来ることになっていました。 子供達のために、ロンドンにしか売っていない食材を買いに行くようにと、ネリーに指示をしたヴァージニア。

「12時半の列車で1時過ぎにロンドンへ。 2時半の列車に乗れば3時には戻れるわ」
ネリーは憮然とした態度でエプロンを投げ捨て、買い物に出掛けて行きました…。

ローラはダンの誕生日パーティーのために、幼い息子と二人でバースデーケーキを作ることにしました。 材料や器具を揃え、レシピ本を見ながら調理を進めたローラでしたが、ケーキを作った経験が無かったためか、上手く仕上げることが出来ません。

そこへ、近所に住む友人のキティが突然やって来ました。 キティはその日の午後から入院をするため、夕方、家にいる犬に餌を与えて欲しいとローラに頼みに来たのでした…。

ヴァネッサと子供達が予定より1時間半も早く到着して、久しぶりに再会した姉妹。 姉であるヴァネッサのことを慕っているヴァージニアは、裏庭のベンチでお互いの近況を話しました。

そこへ、ヴァネッサの子供達が庭で死んでいた小鳥を見つけて来ました。 墓を作ろうと言い出す子供達に、仕方なく協力するヴァネッサ。
兄妹の末っ子アンジェリカが、小鳥のために薔薇の花を摘んで来たヴァージニアに質問をしました。

「死ぬとどうなるの?」
「どうなる?……来たところに戻るのよ」
「あたし、覚えてない」
「私もよ」

アンジェリカは死んだ小鳥を見て「とても小さい」と呟きます。

「そうよ、死ぬとそうなるのよ。 小さく見える」
「でも平和そう…」

敷いた葉の上に小鳥を寝かせ、薔薇の花で小鳥の周りを飾ったヴァージニアは、静かに横たわり、小鳥に目をやりました…。

パーティーの準備に追われていたクラリッサの家に、予定より随分と早く来客が来ました。 それはリチャードの元恋人であり、クラリッサにとっては友人でもあったルイス・ウォーターズでした。

サンフランシスコから遠くニューヨークまでやって来たルイスを出迎えたクラリッサでしたが、過去の複雑な思い出が胸に渦巻いていました…。
《続きは是非本編をご覧下さい》

作品の個人的な感想 (-∀-)

監督は映画「リトル・ダンサー」で長編映画デビューをしたスティーヴン・ダルドリー。 元々は舞台の演出や監督をして来たダルドリー監督の、長編2作目が「めぐりあう時間たち」です。

この映画の原作となったのは、1998年にマイケル・カニンガムが書いた『めぐりあう時間たち / 原題The Hours』という小説です。

実在したイギリスの作家、ヴァージニア・ウルフを主人公として、彼女が実際に書いた小説「ダロウェイ夫人」が、時代を超えて他の人々に影響を与えたという面白い設定の話です。

主人公のヴァージニアを演じたのはニコール・キッドマンですが、映画を観てみると、あのニコールの面影が見当たりません。 これは実在したヴァージニア・ウルフを演じるにあたり、特殊メイクにより顔立ちを変えているからですが、初めて観た時はニコール・キッドマンだと認識出来ませんでした。

映画を何度も観て、ようやく、ふとした瞬間にニコールの面影が数回よぎるくらいで、ほとんど別人のような印象になっています。

本作でニコール・キッドマンの演技は高く評価され、2003年のアカデミー賞で主演女優賞を受賞。
彼女自身初めての受賞で、オーストラリア人の女優としても初の快挙でした。

平凡だけど、人並みの幸せな生活を送っていたローラ役のジュリアン・ムーアは、本作で一番の難役を素晴らしい演技でこなしています。

夫に愛され、二人目の子供にも恵まれたローラの生活には、彼女にしか分かり得ない息苦しさ、言葉に出来ない孤独感がありました。

1950年代のアメリカの中流家庭には、夫は外で働き、妻は家で家事や子育てをするというのが幸せの形であり、理想型だと信じられていました。 家の中の出来事が全てで、外に出ない生活を送っていた女性たちには、言いようのない閉塞感やストレスを持つ人が少なくなかったのかもしれません。

幼い息子と二人きりの時間が続く中、息子から受け続ける視線は、時折どうしょうもないほどの息苦しさをローラに与えていました。 彼女が唯一自由を感じられたのは、本の中の世界に自分自身を投影することでした。 肌身離さず持っていた「ダロウェイ夫人」が、ローラの心の支えになっていたのです。

そして三人目の主人公、クラリッサを演じたメリル・ストリープは、言わずと知れた名女優のひとりですが、彼女もまた、複雑な過去を持つ難しい役柄を演じています。

映画を観ていくと、クラリッサの過去や背景が少しずつ明らかになってくるのですが、彼女にとって恋人でもあり、同居人でもあるサリーという存在がいて、同じ家にはクラリッサの実の娘ジュリアという年頃の娘も一緒に生活しています。

そして昔の恋人、リチャードの面倒も見ているという関係性の中で、クラリッサは生活しています。

クラリッサが囚われているものは、簡単には説明できるものではなく、リチャードとクラリッサの関係も、これも観ていくと明らかになっていきますが、とても複雑な感情を抱いたまま、長い時間に渡ってその生活を続けて来たことが分かります。

この映画が素晴らしいと思う所は、決して暗い話を暗いままに語り尽くすのではなくて、様々な問題や悩みを抱えながら生きていく人たちに対して、人を愛すること、生きていくことの大切さをキチンと語っているところです。

生きていくために必要な選択を誰かがすることによって、それをキッカケとして重大な何かが起こったとしても、「人生はその後も続いていくんだよ」ということを感じさせてくれます。

人生の中に起こる、誰しもが直面するであろう選択するということ。 幸せになろうとするために、時に私たちは様々な選択を無意識にしていますが、その選択に伴う犠牲があることを、心のどこかに感じてもいるはずです。

この映画は最初のシーンから最後まで、緊張感のある張り詰めたような空気が流れていますが、けして絶望を描いている作品ではないと思います。

観る人によっては、色んな感想を持つであろうとは思いますけれども、ワタシは主人公や登場人物が選んだ選択は、生きることから目を背けたものではないと思いました。

一冊の小説が時代を超えて繋いでいく、生きることの意味。 物語の終盤、映画をご覧になった人はあることに気づくことになります。

そして、ラストの展開は全てが繋がっていく出会いがあり、それは誰も責めることが出来ない葛藤であり、時間を超えた告白であり、とても感動的なラストになっています。

ヒューマンドラマがお好きな方には、是非一度観て欲しい作品です。

【スタッフ】
監督…スティーヴン・ダルドリー
脚本…デヴィッド・ヘア
撮影…シーマス・マクガーヴェイ
音楽…フィリップ・グラス
【キャスト】
ヴァージニア…ニコール・キッドマン
ローラ…ジュリアン・ムーア
クラリッサ…メリル・ストリープ
レナード…スティーヴン・ディレイン
ダン…ジョン・C・ライリー
リチャード…エド・ハリス
サリー…アリソン・ジャネイ
ジュリア…クレア・デインズ
キティ…トニ・コレット
ヴァネッサ…ミランダ・リチャードソン
ネリー…リンダ・バセット
アンジェリカ…ソフィー・ワイバード
ルイス…ジェフ・ダニエルズ
リッチー…ジョージ・ロヴェロ
《2002年 / アメリカ》

第75回(2003年)アカデミー賞に9部門ノミネート
その内、主演女優賞(ニコール・キッドマン)受賞
英国アカデミー賞 主演女優賞・作品賞受賞
ゴールデングローブ賞 作品賞(ドラマ部門)・主演女優賞受賞
ベルリン国際映画祭では、ニコール・キッドマン、ジュリアン・ムーア、メリル・ストリープの三人が銀熊賞を受賞。
その他多くの国際的な映画祭でノミネートと映画賞を受賞しています。

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