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旅に出よう。青春18切符と文庫本を携えて。(房総半島 2)

東京駅に着く。自動券売機に向かい、ディスプレイをタッチして青春18切符を選んだ。切符以外の様々な紙切れ(利用方法や注意などが記載されている)を財布に突っ込み、そのまま改札へ向かう。まずは総武線で千葉まで向かう。そして外房、内房の順で巡ろう。銚子には行かない。この時間では流石に日帰りできない。運が良ければ相模湾に沈む夕陽を観れるかもしれないが、まあ見れなくても良いとする。

ホームに着くと、人はまばらだった。僕は千葉の方角を確認し、一号車へと向かう。一号車は前に誰もいないのが心地よいし、真ん中の車両よりも乗降する客が少ないからである。電車は空いていて、難なく座ることができた。電車は緩やかに発進する。心地よい振動がシートを通じて伝わってくる。東京を出てしばらくは地下を進む。途中で地上に出るが、外をみてもビルばかりであまり面白くない。

——そもそも、僕はなぜ旅に出たのだろう。天気は一つのきっかけに過ぎない。しかもこんなに寂しい旅に。天気の他になんらかの心理作用の影響もあるはずである。

ぼーっと車窓を眺めながら、こんなことを思う。電車はすでに江戸川を越えていた。さらにしばらく進むと、田畑が広がり牧歌的な風景が見えてきた。

——逆説的であるが、これは日常を取り戻すための旅だ。寂しい旅をすることで、普段の寂しさから逃れるのだ。寂しい旅であれば、それを終え、普段の生活に戻るのは愉快だろう。逆に、賑やかな旅をしたあとは、日常の生活が孤独に思えてしまう。だから、日常の生活よりも寂しい旅をする。それが一人で旅行をする大きな理由なのかもしれない。

千葉で降りる予定だったが、手前で乗り換えた。駅名は忘れた。そのまま外房を回る。乗客はぼちぼちである。一番前の車両の前面のガラス越しの景色をスマホで撮影している青年がいた。彼もおそらく同じ切符だろう。

自分の体は電車が運ぶ。寝ていても自分の体は進行しているのだから、気兼ねなく寝ればいい。何もしていない、なんていう自責の念に駆られる必要はないのだ。


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