故郷

遠くで鐘がなっていた。それは僕には関係のない鐘の音だった。時計を見ると17時だった。いつから無関係になってしまったのだろう。この懐かしい鐘の響きに。それは数え上げればすぐにわかることだ。しかし、僕には実際にそれを数え上げる気力はなかった。

僕はバスに乗った。ほとんど乗客のいないバスに乗って、僕はどこか遠くへ向かっていた。目的地はまだまだ遠くだった。ときおり、広い窓いっぱいの海が見えた。海は穏やかで、太陽光は最後のきらめきで僕の目を射った。僕はその眩しさを懐かしく思った。

終点で僕はバスを降りた。バスを降りる客はもう誰も残っていなかった。本当はまだバスに乗っていたかった。しかし、終点だと言う車掌がそれを許さなかった。目的地は、もうわからなかった。バスは反転して、先ほど通ってきたばかりの道を戻ってゆく。なんの苦も、逡巡も見せずに。僕はバスが向こうに見える並木で隠れてしまうところまで見送っていた。僕はその潔さを快く思った。

僕はひとけのない道を、飢えた獣のように歩いた。バスで折りたたんでいた足の筋肉繊維が心地よく収縮するのを感じた。循環する血流に励まされ、僕はどこまでも歩いていけるような気がした。

陽はすでに沈み、道は暗い。街灯は灯りを失っている。長く続く道を、月の光が微かに照らしていた。見上げると、空には雲ひとつない。月の光は、暗い道の上に、さらに暗い僕の影を映した。頭の大きいその影は、こけしのような滑稽な印象を与えた。

気がつけば、あたり一面は田んぼだった。すでに歩き疲れた僕は、熱を持ち、重くなった足を鬱陶しく思った。道が十時に交差している。その向こう側の脇に、田んぼに浮かぶ孤島のように墓地と荒れた畑があった。その中央には大きいけやきの木があった。微かな風にけやきの梢は揺れ、その影は墓石の上に鮮やかに落ちている。僕はかつて死者が埋まっている土壌で、健やかに育っていたであろうきゅうりやなす、かぼちゃを想像した。

——ああ、そうか、ここが僕の目的地だったんだ。

僕は、真夏の陰険な光景を脳裏に思い浮かべながら、確信のままにそう呟いた。

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