金山美介と人の幸せ

彼の名は金山美介。親しみを込めてカナビスと呼ぶ者もいる。
彼は傍らに座る女性に語りかける。

「ねえ、少し聞いてもいいかな?」
「どうしたの?」
「宝くじ、というものがあるよね。」
「あるわね。」
「宝くじを外して『自分は不幸だ』という男を見たのだけれど。」
「うん。」
「宝くじで高額当選する確率は非常に低い。となると、論理的に彼は永遠に不幸な人間であるという事になる。僕のこの結論を、君はどう考えるだろうか?」

「……確かに宝くじが外れた瞬間は不幸かもしれないけど、永遠に不幸って事にはならないんじゃないかしら。」
「そうなのかい?」
「美味しい物を食べたり、気の合う友人と喋ったり。そういう日常のちょっとした事で幸せを感じることってあると思うの。」
「ふうむ。幸せと不幸を決める基準は動的に変化する、そう君は言っているのかい?」

「動的に変化って、難しい事いうわね。ん-、そうじゃなくて。人は基準をたくさん持ってるって事だと思う。宝くじが外れた不幸なのも本当、美味しい物を食べて幸せなのも本当。その時その時で、不幸だったり幸せだったりする。人ってそういう物なんじゃないかしら。」
「基準が複数あって、状態は上書きされていくというわけだね。」
「上書き……ってのも、違うかも。ある部分では不幸だけどある部分では幸せ。そういった状態もあり得ると思うし。」
「不幸と幸せは並列に存在し得るという事かい?となると、客観的に幸不幸を判断する為には、その人物に内在する要素を全て抽出しなければならなくなるね。」
「厳密にはそうかもしれないけど……人って結構単純だから、一番新しい気持ちに支配されてる事が多いかもね。」
「それは上書きとは違うのかい?」
「ちょっと違うかな。ん-……内在する要素のどこにフォーカスするかって事かも。不幸を内在していても、幸せを意識して生きている人は幸せ。そういう事。」
「ふうむ、複雑なものなんだね。勉強になるよ。」
「伝わったなら良かったわ。」

「ところで、話は最初に戻るのだけど。」
「何?」
「宝くじを買って不幸になる男。彼が不幸にならない方法は『宝くじを買わない事』だよね?宝くじが外れた時に不幸にフォーカスされてしまうのだから。」
「それはその通りなんだけど。」
「でも、多くの人は宝くじを買う。これは何故だろう?」
「……人によると思うけど、一般的には『夢を買ってる』んじゃないかしら。」
「夢を買うのかい?」
「ええ。宝くじが当たったらアレもしたいコレもしたい。その可能性に想いを馳せる。人はそこに幸せを見出すんじゃないかな。」
「なるほど、麻薬のようなものかな。実質の無い束の間の幸せを得て、後でその代償を支払うというわけだね。」
「……間違ってないかもしれないけど、言い方ってものがないかしら?」
「間違ってないなら僕は問題ないよ。」
「あなたがいいならそれでいいけど。」

女性は呆れたようにカナビスを見やる。
カナビスはたった今理解した事象を頭の中で高速に巡らせる。焦点の定まらないその目が、何かに気づいたように女性の方向で停止した。

「この宝くじの話、『キラークイーンゲーム』にも当てはまるね。」
「はぁっ!?」
「人にもよるけど、報酬を目的に命を賭したゲームに挑む。失敗したら大きな代償を払うことになるけど、成功した僕達はいわば宝くじで高額当選した人間と同等だ。」
「…………」
「じゃあ、僕達は『幸せ』なんだね。」

女性は信じられないものを見る目つきでカナビスを一瞥し。

「……ノーコメント、だわ。」

そう言い残し、その場から立ち去った。

残されたカナビスは不思議そうにその後ろ姿を見送る。
気まぐれな彼女ではあるが、人の心を理解するのに彼女の助力は有用だ。
あの男に頼まれた一件、やはり彼女を呼ぶことにしよう。
今回聞けなかった答えも、その時にわかるかもしれないのだから。





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