KQおとぎ舞台 華子とヘクター

※この記事は「KQおとぎ舞台」に登場するキャラクター、華子とヘクターに関するショートストーリーです。上記村を読んでいる事が前提になりますので、ご注意ください。

 悪役専門俳優、ヘクター・ブラック。私が彼と初めて「出会った」のは2年前のドラマ撮影だった。

 私はバーで主人公の探偵に近づく娼婦役。ていよく情報だけ引き出されておさらばされる、お話に都合のいい女。でも、この人は主人公に情報を渡すためだけに生きてきたわけじゃない。この人にはこの人の人生があって、少しでもいい思いがしたくてこの探偵に近づいたはず。結構いい男だし、危険な匂いはするけど一攫千金の匂いもする。あわよくば愛人の座に転がり込んで利用して、どん底の人生から這い上がりたい。そんな思いを込めてこの人を演じた。でも。

「あー、華子ちゃん、ちょっと食いつき過ぎなんだよねー。このシーンはあっさり行きたいんで、もうちょい醒めた感じでいけないかな。」

「…はい、わかりました。」

 監督の指示でお話に都合のいい女は、お話に都合のいい存在のまま終わった。主人公を輝かせる為に端役に抑えた演技をさせる。ドラマとしてはそれが正しいのかもしれないし、私のお仕事としても監督に従うのが正しいはず。でも、胸の中で何かがチリチリと痛み、大事な何かがすり減っていく。そんな私の前に、彼は現れた。

「ヘクター・ブラックさん、出番です!」
「おう。」

 主人公と対峙する彼は輝いていた。彼が輝く事で主人公も輝く。彼は決して主人公に一歩も引いていない。ああ、「本物」だ。私は彼の演技を一心に見つめていた。

「よぅ、別嬪さん。」

 撮影が終わり、大部屋の楽屋にいる私にかかる、低く響く声。ヘクター・ブラックだった。

「あんた、俺の事見つめてたよな?別嬪さんの熱い眼差しを受けて応えないわけにゃいかねぇだろ。」

 にやりと笑うその表情は悪く、しかし人好きのする魅力に溢れていた。これも演技?それとも素?どちらかわからなかったが、彼は自身の「悪役」の魅力を平時も発揮しているようだった。

「はじめまして、ヘクターさん。暁乃星華子です。貴方の演技が素晴らしくて、つい見惚れてましたわ。」

 椅子から立ち上がり、優雅にお辞儀をする。

「そいつは嬉しいねぇ。最近じゃあくど過ぎるって呼ばれねぇ事も多くてよ。今日は思う存分演れて気分がいいぜ。気分いいついでにこの後飲みに行くんだがよ、あんた一緒にどうだ?別嬪さんがいた方が酒も旨くなるってもんだろ。」

 意外な誘い。彼と一緒に飲みに行って、あわよくば男女の関係になって、彼の伝手でもっと納得のいく演技が出来る仕事をもらって。なんて、さっきの娼婦の子なら考えるんだろうなぁ。でも、私は暁乃星華子。女優。自分を安売りするつもりはない。ヘクター・ブラックの事は役者として尊敬するが、舞台から降りた場でへりくだるつもりも無い。芸歴だって8年ちょい、彼と同じくらいだ。

「お誘いありがとうございます。でも、ごめんなさい。私、このあと演技の反省とレッスンを予定しているの。」

 笑顔で丁寧に、しかしはっきりと拒絶の意志を示す。

「おいおい、真面目だな。ま、それもありか。…そうそう、あんたの演技な、娼婦の。俺はあんたが最初にやった方が好きだったぜ。じゃあ、またな。」

「…え?」

 苦笑しつつヘクター・ブラックは背を向け、片手をあげて立ち去った。私は思わぬ言葉に固まったまま、その背中を暫く見つめていた。

 キラークイーンおとぎ舞台。命を賭けた舞台。本物になる為に来たこの場所にヘクター・ブラックがいるとは思ってもみなかった。開演前、2年前より少し露骨に口説かれ、2年前より少し色っぽく断った。彼が私の事を覚えていてくれたのは、正直嬉しかった。でも、私の演技を認めてくれた彼と付き合うなら…私が本物になってから。そう、思ったから。彼の心にローズマリー・パルフェがまだいたとしても、本物になった私なら、彼の心を物に出来る。きっと。

 信頼と陰謀と裏切りが織りなす、夢のような舞台。私は今までの殻を破り思うままに演じた。でも、私の出番は舞台途中で終わった。ヘクター・ブラックも閉幕まであと一歩のところで力尽き、舞台裏へ来る事になった。二人とも、この死の舞台を乗り越える事は出来なかったのだ。それでも、私は精一杯演じる事が出来た。今出来る全てを舞台で出し切ったし、観客を満足させる事も出来たと思う。私は本物になった。少なくとも、私自身そう信じる事が出来た。

 だから、ヘクター・ブラックに逢いに行く。今の私は相手を利用したいだけの娼婦のあの子じゃない。対等な「本物」の役者、暁乃星華子。悪の華ヘクター・ブラックに相応しい女と認めさせて見せる。その為の台詞だって考えた。ヘクター・ブラックならきっと受け止めてくれる。少しだけ不安だけど…でも、多分大丈夫。

 私は筋書きの無い最後の舞台を演じるべく、1人佇むヘクター・ブラックに向かって歩き出した。

 


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