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Sin Rumboの夜

「エロスとポルノの違いってなんだと思う?」
9センチピンヒールの葉月が聞いた。脚が隠れる流れるような白いスカートを着ていた。

「そうやって綺麗な足を隠して中を想像させるのがエロス、露骨に見せるのがポルノ」
「えーそれはないよ、だったら私はポルノになっちゃう」
Sin Rumboは四谷にあるアルゼンチンタンゴバー。
カウンターの中で聞いていたミニスカートのルリが笑いながら言った。

ヒサシも顔を乗り出した。「こういうのはどう? 欲望を掻き立てるのがエロスで、満足させるのがポルノ」


「エロビデオは欲望と直結しているからポルノだよね。そういうことかな」
「じゃあ直結していないのはエロス?」
「一度きりで過ぎ去ってしまうのがエロス、そこにあって何度も繰り返されるのがポルノ」
「あ、いいねえ」
「それわかる。男とすれ違いざまにいい男、っと思っても追いかけられないもどかしさ、はエロティックだけど、ポルノではないわ」

ビアジのベルジカが掛かった。好きな曲だ。 
葉月をフロアに誘った。

ベルジカには途中バンドメンバーが一切音を出さない瞬間がある。そこで止まるのか、あるいはアクセントとして使うのかはリーダー次第。このエロスとは何かということをぼんやり考えていた私は、止まらずに、ヒーロを続けた。

1曲目が終わってまだ抱擁したまま私は言った。
「タンゴがエロティックなのは、3曲1タンダで相手を変えところにあるよね。だからポルノではない」

3曲踊り終わって二人でバーカウンターに座った。
「ベルジカで止まらなかったね。そういうアクセントもあるんだ。なんだかエロティックだったよ」
「じゃあ、いつもそうしようか」
「いや、一回限りだから良いのだ」
葉月は時々男言葉を使う。
「じゃあ、エロスがポルノになるのはどういう時だろう」
「同じことを繰り返されたらポルノ」
「それ、言えてる」
「だから私テレビCMはポルノだと思うの」
「だったら、店頭に並ぶ大量生産の商品も全てポルノだな」

「産業革命で同じものを同じようい作る時代から、人類はポルノ文明に突入ってことよね」

「今はポルノをエロ本とかビデオとかに限定して使うけどそれは大量生産されることに慣れちゃったからかもよ。だからそこら中に溢れているコピー商品をポルノと感じないんだな」

「ドイツ語にKitcshキッチュという言葉があるわ。マガイモノという意味もあるから、その言葉が出来た頃は、まだ世界はポルノ的なものを区別できたのかもね」

「今はさらに悪いぞ、AI画像は紛い物の紛い物を量産している」
「あーなるほどね、だからAI美女は気持ち悪いんだ」
「ということはAIで自動生成された文章はポルノなんだね」
「エロ写真の黒塗りなんて可愛いもんだね」
「音楽は過ぎ去っていくだけだからポルノにはなり得ないね」

コルティナにJane Birkinの69 Annee Erotique が掛かった。この会話を聞いていたDJが気を効かせたんだろう。SinRumboの夜は始まったばかりだ。

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