夜の子供たちの遊び場

(少し背後注意)

きもちよかった?
俺がそう端的に聞くと、夏目さんはまた不貞腐れたように寝返りをした。
夏目さんの白い背中。
肉付きのいいそれは、闇にぼうっと映えている。柔らかさを楽しむかように指で軽く押すと、むず痒いのか夏目さんは身体を揺らして丸まった。

どちらのものかわからない文庫本と、目がてかてかと光るキリンのぬいぐるみ、互いの服が散乱している床を上手く歩いて、冷蔵庫があるキッチンまで向かう。
ついでに部屋の明かりを着けると、ぱっと部屋が明るくなる。明かりをつけたことにより鮮明になった小綺麗な部屋の中では、ベットの周辺だけ子供の遊び場のように煩雑とした。けれど、実際は、ただのいい大人がセックスをした後の残り香で。
部屋を漂っている相反するふたつに、なんだかどろりとした奇妙な気持ちになる。

でも俺は、自分と夏目さんの関係はそれで形成されていることを知っていて、尚且、それが明らかに自分の欲情を誘っていることも知っていた。(例えば、砂糖菓子のような色が塗られた指の爪と、鮮烈に塗られた赤い足の爪。キリンのぬいぐるみを幼児のように抱きながら男のベッドに情事の跡を残した身体で寝そべる彼女自身。その他の、様々な矛盾めいたもの。)

冷蔵庫の扉を開ける。食品が少なくなってきたことを確認しながら、適当な酒を取り出した。

「夏目さん」
「...」
「無視しないでください。ほら、酎ハイ飲みますか」

夏目さんはもぞりと動いた後、布団の中から顔を出した。
シーツから覗いている柔らかそうな白い肩と赤みの指した胸元に思わず目がいってしまう。もう嫌というくらい見て触ったはずなのに、欲深い限りだ。
ぼんやりとした黒い目は、蛍光灯の光を眩しいらしく細められていた

「なにがありますか」
「苹果と、グレープフルーツと、あと桃」

じゃあ、桃がいいです。
夏目さんの気だるげな声が耳に届く。
なんだかその声は、奇妙な色気を含んでいるような気がして、一瞬缶を手に取ろうとした腕が止まった。
邪な考えを飛ばすように、缶を手に取り、景気よくプルタブを開ける。するとしゅわしゅわと気泡の弾ける音と甘ったるい桃の香りが鼻腔を擽った。

「雪さんは別のお酒飲むんですか」
「甘い酒、あんまり好きじゃないんで」
「知ってます」

知ってるくせに、聞くのか。
冷蔵庫に入っているビールのプルタブに指をかける。パチン。ビールの独特な胸に溜まるような香りがする。夏目さんはこれがどうも嫌いらしい。全然わからないと、心の中で呟いて飲み下した。

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