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地区のイノベーション・プラットフォーム

1.錦2丁目エリアプラットフォームの概要

2020年7月に、長者町通を中心とする16街区・16haの既成市街地の再生が進む名古屋市中区錦二丁目地区に、「錦2丁目エリアプラットフォーム」という「まちの実験場」が誕生した。ウェブサイトには、

いまここにないもので、みらいのまちをつくる。
名古屋市中区錦2丁目を舞台に、あらゆる都市課題を解決する新しいアイデアを実験する。
 N2/LAB(エヌツーラボ・錦2丁目エリアプラットフォーム)は、名古屋市中区錦2丁目を舞台に、企業や行政、大学など様々な主体が関わり、未来の地区・コミュニティの実現に向けた構想・研究・共創を進める実験の場です。あらゆる地域で深刻な都市課題が広がる現在において、新しいアイデアを積極的に実証・実装するリアルなまちの実験場として、この地区から日本、世界に向けた新しい「くらし」「しごと」を作る挑戦を、皆様とともに進めます。

という力強いメッセージが書かれている。

錦2丁目エリアプラットフォームのプロジェクトは、大きくは、
 01 まちのビジョンを考える・進める『官民連携エリアプラットホーム』(都市開発・公共空間中心のまちづくり)
 02 新しい技術を試す・サービスを生み出す『地区実装型オープンイノベーション』(サービス・事業共創中心のまちづくり)
の相互に連動する2つの「まちづくり」で構成される。事業推進フローは、
 01 「未来コミュニティ」の調査・研究・構想
 02 交流・連携機会創出
 03 新たな課題解決ビジネスの実証・実装
 04 地区内での事業推進の支援・調整・連携
また、事業展開分野は、
 01 SDGs & Innovation|SDGs達成に向けたアイデアの創出
 02 Mobility & Walkable|歩きやすく移動しやすい公共空間とモビリティ
 03 Wood & Green|都市の木質化とグリーンインフラ
 04 Management & Development|エリアマネジメントと都市開発
 05 Culture & Resilience|文化とアートによるしなやかな人・まちづくり
 06 Technology & Community|新たな技術によるコミュニティサービス
である。

このような先駆的取り組みは、錦二丁目のまちづくりの趣旨に賛同する地域会員・事業会員・連携会員と運営事務局(錦二丁目エリアマネジメント株式会社・大日本コンサルタント株式会社・R-pro・大ナゴヤ大学)によって推進される。

2.既成市街地の漸進的な再生を進めてきた錦二丁目

名古屋市の都心部の栄地区と名古屋駅地区の間に位置する錦二丁目地区は、第2次世界大戦後、繊維問屋街として繁栄した街であるが、繊維産業の衰退と人口の減少に伴い街が空洞化した後、2004年に設立された錦二丁目まちづくり協議会(旧・錦二丁目まちづくり連絡協議会)の取り組みと都心部への開発圧力の高まりにより、様々な用途が複合する市街地に転換している。錦二丁目のまちづくりのバイブルとなっているのが、2008年から2011年にかけて丁寧に策定された「錦二丁目まちづくり構想」である。私も名古屋大学に赴任して約半年後からこの構想づくりに関わった。

村山顕人(分担執筆):まちなかサテライト研究室 錦二丁目長者町 まちの会所,アーバンデザインセンター研究会編著:アーバンデザインセンター:開かれたまちづくりの場,理工図書,pp.111-114,2012

その後、特に、都市の木質化やアートを中心とするまちづくりが活発となり、2014年以降は低炭素地区まちづくりプロジェクトやSDGsを軸とした取り組みが進み、錦二丁目7番第一種市街地再開発事業の決定・着工と錦二丁目エリアマネジメント会社の設立、そして、錦2丁目エリアプラットフォームの立ち上げに至る。このプロセスには実に多様な人々が関わっており、まちづくりのどの部分に関わったかによって、見てきたプロセスが異なる。

私自身は、都市の木質化プロジェクトの立ち上げ期と低炭素地区まちづくりプロジェクトの企画・調整に関わった。詳細は次のウェブサイトや文献をご覧いただきたい。

村山顕人・森田紘圭:低炭素街区群デザイン研究の既成市街地への社会実装プロセス:錦二丁目低炭素地区まちづくりプロジェクト,地球環境,vol.22,no.2,pp.167-174,2017

また、私とは全く別の関わりの中で、大阪市立大学の吉田隆之先生は、国際都市型芸術祭あいちトリエンナーレを通じた長者町地区(錦二丁目地区)のソーシャル・キャピタルの形成について、分析されている。

トリエンナーレはなにをめざすのか:都市型芸術祭の意義と展望(水曜社)

芸術祭と地域づくり:“祭り”の受容から自発・協働による固有資源化へ(水曜社)

錦二丁目7番第一種市街地再開発事業の決定・着工と錦二丁目エリアマネジメント会社の設立、ART FARMingについては、次のウェブサイトをご覧頂きたい。

3.EcoDistrictsというモデル

名古屋市の低炭素モデル地区事業や錦二丁目低炭素地区まちづくりプロジェクトの枠組みは、ポートランドで始まったEcoDistrictsという取り組みがモデルとなっている。EcoDistrictsの創始者であるRob Bennett氏から学んだのは、(1)地球・流域圏・都市圏・自治体・地区・建物のマルチスケールに関係する環境の課題に地区スケールの都市再生を通じて応答していくアプローチ、(2)地区は、素早くイノベーションを起こすのに十分な小ささと同時に、意味のある影響をもたらす十分な大きさを持ち、持続可能性を加速させるのに適正な規模であること、(3)関係者の組織化から始めて最終的にはハードウェア・ソフトウェアのプロジェクトを既成市街地に組み込むイメージ、の3点であった。

少し脱線するが、EcoDistrictsでも働いていたAdam Beck氏がSmartCitiesCouncil Australia New ZealandのシンクタンクBOUNCE LABから出した"DIGITAL BENEFIT DISTRICTS PLAYBOOK [pilot edition]"は、地区スケールからスマートシティを推進していく取り組みで、ここでも地区(district/neighborhood)のスケールがイノベーションを推進する空間スケールとして採用されている。

4.錦2丁目エリアプラットフォームの未来ビジョン策定に向けて

現在、冒頭で紹介した錦2丁目エリアプラットフォームの未来ビジョン研究会に参加し、未来ビジョンの内容について議論している。錦二丁目では、バイブル的存在である錦二丁目まちづくり構想(2011年)、同実行プラン(エリマネ編・2019年度)、低炭素地区まちづくりプロジェクトのロードマップ(2014年)など、いくつかのビジョンやプランがあり、それらは関係主体の具体的なアクションと連動している。錦2丁目エリアプラットフォームの設立により、地区のまちづくり関係者と地区内外の企業や個人事業主がつながったので、「街をよくしていくことが仕事になる」(平松宏城氏の言葉)ような仕掛けをつくりたいと思う。具体的な事業は、会員同士で議論することなるので、それに役立つ視点を提供するのが私の役割だと認識している。

昨今、都市を取り巻く状況は大きく変化している。世界経済フォーラムは、人間社会を取り巻く様々なリスクの発生可能性と影響の分布を「グローバル・リスク・ランドスケープ2020」として示しているが、これに登場するリスクには、気候変動施策の失敗、極端な気候、水不足、情報インフラの機能停止、自然災害、感染症、食糧危機、社会の不安定などが含まれている。実際、このレポートが発表された直後に新型コロナウイルス感染症が世界的に流行し、また、気候変動の影響は近年日本でも降雨パターンの変化、台風の凶暴化、夏の暑熱環境の悪化という形で現れている。また、日本独自の状況としては、人口や経済の縮小、人口の超高齢化、財政難などがある。こうしたリスクの特徴は、その要因や影響が地区・都市・都市圏・国を超えて世界的に(グローバルに)つながっていることである。実は、こうしたグローバル・リスクに適応する地域を実現するための5つのキーワードを出すのが、10月2日の研究会までの宿題となっている。錦二丁目から出される宿題はいつも難しい。

現時点での5つのキーワード案は
・低炭素からSDGsへ:環境だけでなく社会・経済の持続性も
・気候変動リスクに適応する:暑熱対策と雨水マネジメント
・自然の力をつかう:緑と木のグリーンインフラ・Nature-based Solutions
・自動車系土地利用に介入する:道路空間の再配分と駐車場の再考
・目に見えるモノをつくって効果を測定・提示する
ですが、今後変わるかも知れません。

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