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No.2|世界共通課題と「統合的空間計画」

 持続可能な開発目標(SDGs)の達成とレジリエンシーの向上が都市計画を含むプランニングの世界共通課題であるという認識を持っています。そして、こうした大きな課題に応答していくためには、狭い都市計画のマスタープランを超えて、物的環境形成に関わる複数の基本計画を統合すると良いと考えていました。このことについて、改めて整理したいと思います。

1.プランニングの世界共通課題:SDGsとレジリエンシー

 2016年秋頃から、都市計画一般について書いたり話したりする際、持続可能な開発目標(SDGs)の達成とレジリエンシーの向上が都市計画を含むプランニングの世界共通課題であるという認識からスタートすることにしている。最近は、これに、IoT、ロボット、AI、ビッグデータ、自動運転車等の新たな技術への対応を加えようかと思っているところである。SDGsはここで改めて説明するまでもないが(1)、都市のレジリエンシーについては、ロックフェラー財団の"100 Resilient Cities(100RC)"プロジェクトの定義をベースに、「いかなる進行性のストレス(高い失業率、高い税率、公共交通システムの不備、食糧や水の不足など、人口減少・超高齢社会も)や突発的なショック(地震、浸水、病気の発生、テロなど)があっても都市内の個人、コミュニティ、機関、事業者、システムが生き残り、適応し、成長する能力」であると説明している(2)。また、当都市計画研究室の紹介文は、「環境負荷の低減、防災・減災、人口減少・超高齢社会への適応といった課題に、都市や都市を超えて広がる生活空間の形成と維持管理を通じて取り組む方法を探究しています」で始まる。
 2020年2月に発表されたロンドンの都市レジリエンス戦略(3)では、前述の"100RC"の定義に基づき、ロンドンが直面する「突発的ショック」と「進行性ストレス」が整理され、それへの対応方針が説明されている。具体的な対応内容までは書かれていないが、明確な対応方針が示されており、おそらく市民の最近の心配にも応えてくれるものなのであろう。ここで「突発的ショック」には干ばつ、テロの攻撃、水害、異常気象、サイバー攻撃、インフラの故障、病気の世界的流行が、「進行性ストレス」には社会的つながりの欠如、不平等、大気汚染、食糧セキュリティ、住宅のアフォーダビリティと質、インフラの老朽化、健康度と幸福度の低さ、イギリスのEUからの離脱が含まれている。日本の自治体の都市計画や環境計画もこのような枠組みで課題を整理すると、市民にもっと身近なものになるし、優先的に取り組むべきことが明確になりそうだと思っている。決まって記載される人口減少・超高齢社会や財政難は確かに重大な進行性ストレスではあるが、他にも目を向けるべき事柄がたくさんある。

2.COVID-19パンデミックと都市のレジリエンシー

 レジリエンシーの向上やSDGsは、都市計画の課題としては当たり前で、かつ、抽象的なので、具体的に何をすれば良いのか分からないというご指摘を受けることがある。まさに、その「具体的に何をすれば良いのか」「それをどのように展開すれば良いのか」を考えるのが最近の都市計画研究の大きな課題で、日々それに取り組んでいるのであるが、そう端的に回答できるものでもない。しかし、COVID-19パンデミックにより、この課題に関する議論そしてアクションに注目が集まる。
 COVID-19パンデミックは、都市のレジリエンシーを試す突発的なショックであることは間違いない。ここで注意したいのは、これは、人間の健康や安定した社会経済システムに直接的な影響を及ぼすだけでなく、社会的格差の広がり、満員電車や働き方(子育てや介護との両立を含む)に対する我慢、成長時代に構築されたシステムのギリギリな状態での運用、食糧自給率の低下といった進行性ストレスの蓄積が一気に限界を超えるトリガーを引いてしまったかも知れないことだ。さらに、COVID-19とは関係なく地震は発生しているし、これからの季節には気候変動によって凶暴化した台風も到来し、浸水をはじめとする災害が発生するだろう。SDGsの「誰一人取り残さない(leave no one behind)」の考え方を忘れてはいけない。
 ちなみに、脱線するが、私がこれまで43年間生きてきた中で、印象に残っている身近な突発的ショックは、程度の差はあるが、1991年の湾岸戦争(米国に住んでいた)、1993年の記録的冷夏による米不足、1994年の水不足による取水制限・断水、1995年の阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件(大学に入学した年)、2001年のアメリカ同時多発テロ事件(北米調査を予定していた)、2011年の東日本大震災と南海トラフ巨大地震被害想定(名古屋に住んでいた)、2018年の猛暑、2019年の台風被害、そして、2020年のCOVID-19パンデミックである。

3.都市計画と「統合的空間計画」

 都市計画の話に引き寄せると、行政が進める(狭い意味での)都市計画は、こうした突発的なショックや進行性のストレスに対して、総合的に対応するような体制になっているとは言えない。もちろん、防災・減災分野の取り組みや環境分野の取り組みは進んでいるが、レジリエンシーのことは防災・減災分野の担当が、SDGsのことは環境分野の担当が、というふうに行政の中で仕事が分担されてしまうことが多く、なかなかレジリエンシーの向上やSDGsの達成に向けて従来の都市計画の内容やプロセスを見直そうという機運にはならない。いくつかの自治体の都市計画マスタープランを策定する際に、あるいは、都市計画審議会での議論の中で、これをどうにかしようと頑張っているが、SDGsやレジリエンシーを軸にロジックを組もうとすると、従来の都市計画と対立する部分が見えてきて、従来のやり方ではうまくできないという理由で「実現困難」とされてしまう。理由に納得できないので紛糾することが多い。しかし、まだまだロジックの組み方が甘いのだと反省し、それを改善する努力を繰り返す。
 一方、緑の基本計画や環境基本計画では、SDGsを軸にしたロジックが受け入れられやすい。豊島区の環境基本計画(4)や名古屋市の緑の基本計画(5)がその例である。この2つの計画の策定に参加して率直に思ったのは、少なくとも自治体レベルでは、都市計画には周辺分野から攻めた方が良さそうだということである。さらに理想的なことを言うと、自治体の物的環境の形成に関わる基本計画を「統合的空間計画」としてまとめることができれば、大きな目標の下で考えることができるかも知れない。2014年秋頃から静かに提唱している「統合的空間計画」とは、現在、基礎自治体の各担当課で策定されている都市計画マスタープラン、景観計画、緑の基本計画、住生活基本計画といった空間形成に関わる基本計画群を1つの空間計画に統合したもので、市民や企業に対して具体的で分かりやすい空間戦略を示し、成り行きではない積極的な空間の再整備や保全を推進することを目指すものである(6) 。これは実際には難しいだろうと思っていたが、最近、町田市で、いくつかの物的環境形成に関わる基本計画を共通の問題意識・ビジョン・基本方針の下で同時に策定することとなり、その特別委員会に参加している(7) 。

参考ウェブサイト

(1) Sustainable Development Goals
https://www.un.org/sustainabledevelopment/

(2) What is Urban Resilience?
http://100resilientcities.org/resources/#section-1

(3) London City Resiliency Strategy
https://www.london.gov.uk/what-we-do/fire-and-resilience/london-city-resilience-strategy

(4) 豊島区環境基本計画(2019-2030)
http://www.city.toshima.lg.jp/148/kuse/shisaku/shisaku/kekaku/008719.html

(5) なごや緑の基本計画2020の改定について(答申)
http://www.city.nagoya.jp/ryokuseidoboku/cmsfiles/contents/0000029/29362/11midorinokihonkeikakukaitei.pdf

(6) 自治体の「統合的空間計画」を中心とするマルチ・スケールの空間計画制度の枠組み(私案)
http://up.t.u-tokyo.ac.jp/~murayama/docs/ps_cpij2014.pdf

(7) 「(仮称)町田市都市づくりのマスタープラン」策定に関する特別委員会
https://www.city.machida.tokyo.jp/kurashi/sumai/toshikei/toshishingikai/tokubetsuiinkai/index.html

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