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死ぬために生きる①
バスはゆりかごです。札幌を出て150分くらいでしょうか。のんびり揺られて、すっかりいい気持ちになってしまいました。閉館まぎわの図書館であわてて借りた、ハードカバーで厚みのある本は、ほんのり紙のにおいがしてちょうどいい抱き枕でした。
やっと重たい頭をあげると、そこには小ぎれいに踏みならされた畝と、整列して水につかった稲の群れが広がっていました。このまえ来たときは、乾ききった土がそこにあるだけでした。本は3ページしか読めなかったけれど、ゆりかごが非常に気持ちよかったので、よしとしました。
見渡すかぎりの田んぼは畑とまじって、目も届かない先のほうまでつづいているかに思われましたが、意外にもするっと町があらわれて、ゆりかごの旅はそこで終わってしまいました。ずっしり腰が重くて、ゆっくり立ち上がらなければなりませんでした。頭がくらくらしてしばらく動けなかったので、後ろの席の、キャリーカートを引いたおばあさんに順番をゆずりました。おばあさんは小さな「ありがとう」といっしょに会釈をして、すぐ前のおじさんの後ろに並びました。おばあさんはかわいいサングラスをしていました。
おばあさんは運転手に「小樽からです」といって千円札を手に取りましたが、どこに入れたらよいのかわからずにあたふたしていました。でも、困ったのはお札だけで、のこりの小銭は慣れた手つきで払ってしまったので、なんだかふしぎだと思いました。
降りたらすぐに次のチケットを買って、寿都行きのバスに乗り込もうとしたら、なんだかこのまえとは違う感じがしました。たぶん、バスの車両が新しくなっている。このまえは真ん中の乗り口から乗ったのに、目の前にある車両には前のドアしかない。一番乗りで他に誰もいなかったので、運転手に尋ねてみることにしました。運転手は、玄関先で下校をせかす用務員みたいな、強面の男でした。声をかけると、用務員は「前から走っている、変わっていない」というので、おかしいなと思いながら、前から3番目の列に座って本を開きました。
2ページほど進んだところで、さっきのおじさんが乗り込んできました。同じ人だ、と思いました。もう2ページほど読んだころで、さっきのおばあさんが乗り込んできました。同じ人だ、と思いました。キャリーカートを引いてかわいいサングラスをしていたので、間違いありませんでした。次のページへめくろうとしたそのとき、おばあさんが用務員に「あら、立派なバスになったね」とつぶやいたのが聞こえました。やっぱりそうだよね。バス、変わったよね。用務員は返事をしませんでした。おばあさんは後ろから3番目の列に座りました。
出発まであと2分になりました。急に、おばあさんに話しかけてみよう、と思いはじめました。もしかしたら寿都のひとなのかもしれない。用務員に話しかけていたから、ちょっとした世間話ならきっと付き合ってくれるだろう。用務員が「そろそろ出ます」と言ったので、あわてて席を移しました。用務員はぼくがおばあさんの隣に座ったのを見て、バスを発進させました。
(つづく)
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