220912 気持ちよく寝れば、気持ちよく起きれる

答えを先に言ってしまうと、僕にとっての「働く」は、傍(ハタ)をラクにすること。傍、つまり、まわりのみんなを楽しくすることが、仕事をする目標であり喜びであり、もっとも大きなモチベーションの源です。

ところで、この間、「谷尻さん、そんなにあれこれ仕å事ばかりしていて、気持ちが休まる時間はあるんですか?」「何も考えないでボーッとする時間はあるんですか?」と聞かれました。いやいやいや、ちょっと待ってください、それって「考える=気持ちが休まらない」というマイナス前提ですよね。僕にとって、考えることは心がやすらかになる楽しいこと。考えて考えて考え抜いた末にいいアイデアを生み出せた時なんて、これほど興奮することはほかにないくらい楽しい。

仕事のスケジュールは人に決めてもらったほうがいい──というか、人に託したほうが断然おもしろい。つまり、全部自分でコントロールできてしまったら毎日がつまらなくなるし、おもしろいものにも出合えないことが、最近になってやっとわかったんです。

そう、「漂流グセ」を付けると人生はだいぶ楽しくなるし、ラクにもなります。実は住宅の設計もまったく同じです。予想できていることの連続だとあまり感動できない。「住んでみて初めて、この窓から月が見えることに気付いたんです」「家の中のどこにいても、子どもの声が聞こえてきて安心する」というような、意外な発見がある家のほうが楽しいし、それが豊かな家の条件だといってもいいくらい。どんな仕事でもいっしょだと思います。漂流グセを付けると「伸びしろ」ができる。伸びしろが増えると、仕事を楽しくするきっかけも増えるはずです。

言い換えれば、僕は「頼りにされたい」んです。自分に存在価値があるかどうかを確認し続けたい。その答えをわかりやすく教えてくれるのが仕事なのだと思います。

20代前半で早くも無職ですから、「仕事がない」が身に染みているんです。

今でも、つまらない仕事に就いたり、心がくじけそうなほど嫌いな人といっしょに仕事をしたりするぐらいなら、おもしろそうなアルバイトをしたほうがいいと本気で思っています。今までとは違うタイプの人と知り合えるかもしれないし、未知の能力が発揮されるかもしれない。いったん仕事に就くと、「これで生きていくべきだ」と決め付けてしまう人も多いと思いますが、そんな決まりはどこにもありません。自分で責任を取れるならば、仕事はいつでも選び直していい。仕事さえあれば、お金も手に入るうえ、頼られているという安心感だって得られます。僕の「ライナスの毛布」は仕事──共感してくれる人がいるとうれしいのですが。

僕が仕事をするうえでいちばん大事にしていることは、まさにその「違和感」です。今の時代、おもしろい仕事が生まれる場所には、必ず矛盾があります。ひとつの価値観におさまっていないものほど仕事の突破口になる。矛盾していることは、ものをつくるうえでの素晴らしい道しるべになるのです。

ですからウチの事務所では、「矛盾したコトバを考える」ということをみんなでよくやっています。レクリエーションみたいなものですが、例えば「懐かしい未来」というようなフレーズを、思い付きでいいのでつくっておくんです。そして、いざ何かの建築物を設計する場面になった時に、そのフレーズを出してくる。「人はどういうところに懐かしさを感じるのか」「どういう時に未来を思うのか」という、ふたつの相反する感覚を融合させながら空間をつくるんですね。すると、重層的で深みのあるものができあがる。「懐かしさ」という一方向だけでつくったのでは、世の中にたくさんあるレトロな空間のうちのひとつにしかならない。ちっともおもしろくないんです。

マイナスのコトバをプラスに変換する能力は必ず役に立つんです。

別の言い方をしてみましょう。「世界」はみんな知っていますよね。「クッキー」は?これも知っているはずです。じゃあ「世界クッキー」は?──「えっ、世界クッキーって何?」となりますよね。この「世界クッキー」は、ある人気作家さんと対談をした時に教えてもらったコトバですが、住宅に置き換えれば、いくらでもできる。それこそ「住宅クッキー」でもいいし、反対に、すでに聞きなじみのあるコトバの矛盾を見つけるのもおもしろい。例えば「公共住宅」。そもそもプライベートな住宅と、パブリックな「公共」を組み合わせる発想はどこから生まれたんだろう、と。パブリックなプライベートって何だろう、と。こういうふうに、普通なら出合わないはずのもの同士が出合うと、新しいものが生まれやすい土壌ができる。いってみればナイスな違和感。その違和感こそが、停滞している考えを刺激し、ものごとを飛躍させるジャンプ台になるんです。だから、〝ナイス・ミスマッチ〟を見つける脳みそを、普段からゲーム感覚で鍛えておくといい。建築に限らず、これからの時代のものづくりをめざす人に絶対必要な脳みそだと思います。

言い訳をつくれるということは結局悩んでいないのといっしょ。本当に悩んでいるなら、禁じられていても何でも試してみればいいじゃないかと思っています。

それは道を探そうとするからです。そして、探す過程にこそ仕事をする楽しさが隠れているからです。

一般的に「優秀な人」というと早く効率的に仕事をこなせる人を指しますが、僕は必ずしもそうではないと思っています。新しいものを見つけたり、不器用だけど一生懸命に立ち向かったりする執着心を持っている人も「優秀」だと定義できるんじゃないか。知識のある人もない人も、目の前の問いに対する解をがむしゃらに考えるクセを付けてみてほしいと思います。まずは、これでOKだと思っても、もう一歩踏み込んで頭を働かせたり別の道を探したりしてみるところから。「執着できる能力」、それこそがどんな仕事をも楽しくできる能力です。

谷尻誠. CHANGE-未来を変える、これからの働き方- (Japanese Edition) (p.37). Kindle 版.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?