『ホンズキズキの会』
主催者:「はい、定刻となりました。それではですね、これから本が好きな人が好きな人のための会、題して『ホンズキズキの会』を始めたいと思います。パチパチパチ〜」
参加者A:拍手
参加者B:とりあえず拍手
参加者C:静かに座っている
主催者:「はい、ありがとうございます。ほんとにね、今日は皆さま、お集まりいただきましてありがとうございます。
えーっと、それでですね、この会なんですけれども、ホンズキズキの会という名前だけは決まっているのですが、この会で何をするのかっていうことは、じつを言うと何も決まっていないんですよね。なので、これからは基本、集まっていただいた皆さんとのフリートークということになるんですが」
参加者A:「はっはっは」
参加者B:「・・・えっ」
主催者:「あ、いま、『えっ』という顔をされましたね、そちらの方。すみません、失礼ですがお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
参加者B「・・・」
主催者:「あ、ていうかまずお前が名乗れっていう感じですよね、すみません」
参加者B:「いやべつにそういうわけじゃ」
主催者:「いえいえすみません、ちょっと初めての試みということでほんとうにね、ほんとうに何も段取りとかができていなくて。
私の名前は、佐野隆史(さのたかふみ)と申します。年齢は今年で三十一歳になります。本が好き、読書が好きなのですが、それ以上に自分は本が好きな人が好きなんじゃないか、ということをですね、先日閃きまして。それで、じゃあもしかしたら、本が好きな人を好きな人のための会を開いたら面白いんじゃないかと。そういう風に思いましてですね、今日この回を開こうと思ったわけなんですね。
でもまあ、開こうと思ったはいいんですが、そこから先はほとんど何も決めていなくって。まあどうせ誰も来ないだろうと思っていたようなところも、正直に申し上げるとありまして。それでまあ、今日のこの感じになっているわけですけれども。」
参加者B:「・・・あ、そういう感じ・・・」
佐野(主催者):「はいそうなんですよね、それで、誰も来ないと思ったので、そこの彼なんですけれど。彼だけは一応、私から直接声を掛けさせていただきまして。」
参加者A:「はい、皆さま、はじめまして。私は川口泰人(かわぐちやすと)と申します。佐野さんから、一昨日くらいですかね、ちょっと来てくれないかと誘われて、それで、まあ、佐野さんに言われたら仕方がないか、っていうことで、今日参加しました。なので、ぶっちゃけ何の会だか分からないで参加しました。ですけど、そもそも佐野さんも分かってなかったんですね。もう、佐野さん、しっかりしてくださいよー」
参加者B:「・・・あっ、じゃあ、お二人は共通の・・・」
佐野(主催者):「はいそうなんですよ。まあ彼はサクラというか、とりあえず、誰も来ないのもアレなんで、来てもらった感じなんですよね」
参加者B:「ああ、そういう・・・」
川口(参加者):「そうなんです、そういう感じなのです。では、まあ私の自己紹介は終わりということで、もしよろしければ」
参加者B:「いえ、あ、すみません。私、帰ります。なんか場違いみたいだし。なんか、急にこんなこと言って申し訳ないというか、すみませんこんなはずじゃなかったんですけど。でもやっぱり今日は・・・すみません、なんか、申し訳ないですが、失礼させていただきます。」
川口(参加者):「えーーーー!いやせっかくだからお話しましょうよ。どうされたんですか急に。そんなねえ、たしかにまあ、あまりにもいい加減な会だとは私も思いますけど、きっと何かしらピンと来るものがあって、きっと今日こちらに来られたんだと思いますし。ねえ、佐野さん」
佐野(主催者):「・・・」
川口(参加者):「いや佐野さん!佐野さんが引き留めなかったら、ダメでしょう!もうしっかりしてくださいよ」
佐野(主催者):「おれも帰りたい」
川口(参加者):「いやお前が主催だろ!何を言ってるんですか、ほんとに」
参加者B:「ではすみません、ほんとうにもう私帰ります。すみません」
「バタン」(ドアを閉めて出ていく)
川口(参加者):「えーーーー!ほんとに帰っちゃったし!もー、何やってるんですか、佐野さん」
佐野(主催者):「まあ、おれも悪いとは思っているよ」
川口(参加者):「いや『おれも』っていうか佐野さんしか悪くないですよ。佐野さんに百パーセント非がありますよ。そういうところですよ佐野さん。ほんとうに」
佐野(主催者):「ごめんて」
川口(参加者):「今回だってねえ、せめてもうちょっと前に声を掛けてくれたりしたら、今日の中身とか段取りとか相談に乗ることもできたのに。
さすがにちょっと見切り発車すぎましたね。今日は。まあもう仕方ないですけど。それで、今日はどうするんですか。」
佐野(主催者):「ん?どうするとは?」
川口(参加者):「いやだから、続けるんですか、この会は。まだだってほら、三人はいるわけだし。」
参加者C:(静かに座っている)
佐野(主催者):「そうだね。いやほんとにそうだ。川口くん。ほんとにありがとう。じゃあそうだね、気を取り直して・・・」
参加者C:「お兄さん方!」
佐野&川口:(参加者Cの突然の声に驚いて目を合わせる)
参加者C:「あのう、お兄さん方!」
佐野&川口:(参加者Cの野太い声に気圧されて応答することができない)
参加者C:「いやいや、そう警戒なさらんでください、お兄さん方。
わたしはね、今日はこのような場を作っていただいて感謝しておるんです。
ホンズキズキの会。すばらしいじゃありませんか。
名前だけしか決まってない。中身は何も決まっていない。
佐野さん?でしたかな主催者の方のお名前。さきほどね、そうおっしゃいましたけれど。
私にはですね。今日のこの会について、勝手にですが、思うところがあるんですよ。どういう会にするかということについて。」
佐野(主催者):「は、はあ」
参加者C:「もしでしたら、こういう風にしたら面白いんじゃないかと思うアイデアがあるのですが。聞いていただけますかな?」
佐野(主催者):「考えていただいたことがあるんですね。ありがとうございます。まあ私にもべつに何のアイデアもないわけではないんですけれど。」
川口(参加者):(いやだったらそれを先に話せよ、そういうところなんだよ、佐野さん)
参加者C:「そうですか。まあ、わたくしのはあくまでも、ほんの、ただのアイデアではあるのですが・・・」
佐野&川口:黙って参加者Cの言葉を待つ
参加者C:「それは・・・」
佐野&川口:固唾を飲んで見守る
参加者C:「本をマ・・・」
「待って!」
と、突然、声がして佐野は振り向いた。入り口のドアの近くに見知らぬ女が立っている。走り込んできたのか、なにやら慌てた様子で、彼女は息を切らしてこの参加者の男をじっと見つめていた。
佐野は川口のほうに視線をやると、川口もほぼ同時に佐野を見つめた。怪訝な表情を浮かべている。事態を上手く飲み込めていないのは、川口も同じようだった。
アイディアについて話しかけていた男は、見知らぬ女が登場すると黙ってソッと目を閉じた。しかしその間に一瞬だけニヤリと口角が上がったのを、佐野は見逃さなかった。
(第二部へ続く)