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「お父さんの宝のカンナ」

昔々、鬼ヶ島という島に、アキラという鬼がおりました。

アキラはお父さん、お母さん、お兄さん、妹と楽しく暮らしておりました。

父鬼は、鬼の家をつくる仕事をしていました。

母鬼は、鬼の保育園で鬼の子を育てる仕事をしていました。

アキラはお父さん鬼みたいに、鬼の家をつくる仕事をしていました。

ある朝、お父さん鬼が哀しい顔をしていいました。

「ご先祖さまから受け継いだ、宝のカンナがなくなった。」

ご近所から、騒がしい声がきこえてきます。

「うちは、勾玉がなくなった。」

「うちは、風の扇子がなくなった。」

「うちは、火打ち石がなくなった。」

そのうち、鬼の殿様がみんなを集めてこう言いました。

「かみなり雲に、何を見たかきいてみた。どうやら、吉備の国から人間がきて、夜のうちにこっそりと私たちの大事を持っていったようだ。」

鬼たちは嘆き、哀しみ、そして怒りました。

「なんていうことだ。」

「私たちは島から出ることはなかったのに。」

「どうして黙ってもっていくのだ。言ってくれれば渡したのに。」

「許せない。」

「許さない。」

アキラもお父さんの宝のカンナを奪われたことに、たいそう腹を立てました。

砂浜に立ち、吉備の国の方角を見つめながら、なぜ人間は私たちの大事を盗むのかを考えました。

なぜ鬼と人間がこんなふうに憎しみ合うのかを考えました。

海を泳ぐクジラに、空をかけるカモメに、「人間とはなにか」ということを尋ねてもみました。

それでも、アキラに答えを見つけることができませんでした。

沈む夕陽を見つめながら、アキラは答えを出しました。

「吉備の国にいこう。」

明くる日、お父さんやお母さんが寝ている早い朝、アキラはそっと家を出ました。

かみなり雲に頼んで海を渡り、吉備の国におりたちました。

深い森の中で、どうしたらいいものかと思案にくれるアキラの前に、だるま入道が現れました。

「おい、鬼がこんなところで何をしている?ここは人間の世界だぞ。」

「じつは、お父さんの宝のカンナを、人間に持っていかれてしまったんだ。」

だるま入道はいいました。

「それが人間というものだ。」

途方にくれるアキラの前に、ねこまたが現れました。

「あら、鬼の子ね。こんなところで何をしているの?ここは人間の世界よ。」

アキラはいいました。

「ねこまたさん、僕はお父さんの宝のカンナをとりもどしたいよ。」

ねこまたは、「この先に、人間のムラがある。つれていってあげるわ。」といいました。

森の中から人間のムラをながめるアキラは、あることに気づきました。

それは、人間のいえをつくる大工が手にしている、お父さんの宝のカンナでした。

「あっ!あれは、お父さんの宝のカンナ!」

怒りで目の前が真っ赤になりました。

人間は、お父さんの宝のカンナを手に、楽しそうに仕事をしています。

どうしたら取り返せるだろうか。

鬼はアキラひとりで、人間はたくさんいます。

思案にくれるアキラの前に、急につむじ風が吹いて、かまいたちが現れました。

「これはこれは、だるま入道にねこまた。こんなところで何をしている?」とかまいたちは楽しそうに笑いました。

事情を説明したアキラに、かまいたちはこういいました。

「人間は、奪うことで生きている。山を奪い、木を奪い、川を奪い、水を奪う。」

アキラはかまいたちにたずねました。

「どうして奪うの?山も木も川も水も、みんなのものじゃない。」

かまいたちはニヤリと笑っていいました。

「奪うのが人間なのさ。」

日が暮れてムラが闇に包まれました。

だるま入道の手引きとねこまたの光、そしてかまいたちの風の音にまぎれて、アキラはムラで一番大きな蔵に近づきました。

お父さんの宝のカンナは光り輝くので、暗闇の中ではひときわ目立つのです。

どこにあるかもすぐにわかりました。

こっそりとお父さんの宝のカンナをとりもどしたアキラは、そっとその場を立ち去って、妖怪たちにお礼をいいました。

「ありがとうございました。」

かまいたちがこういいました。

「人間は、また奪いにくるぞ。おまえたちの苦労や、おまえたちの工夫も知らずに、おまえたちの大事を奪うことでしか自分を満たすことができないんだ。」

それでもいい、とアキラは思いました。

お父さんの哀しい顔、鬼ヶ島のみんなの苦しい顔を思い出すと、いてもたってもいられなかったのだから。

かみなり雲に頼んで、鬼ヶ島に戻りました。

砂浜でかみなり雲にお礼をいうと、急に空が雲でくもりました。

すぐ近くの空を、一羽のキジが飛んでいます。

遠くの海を、イヌとサルと人が乗った舟がこちらに近づいてきます。

人の顔は、怒りでまっかです。

アキラはかまいたちの言葉を思い出しました。

「奪うのが人間なのさ。」

雷と雨の中、砂浜に立ち尽くすアキラのもとに、あっという間に舟が近づいてきます。

どうしていいかわからないアキラは、お父さん、お母さん、お兄さん、妹のことを思いました。

黙っていなくなってしまった僕のことを心配するお母さんのことを思うと、涙がこぼれました。

いつも僕の味方をしてくれるお兄さんのことを思うと、涙がこぼれました。

この砂浜で毎日たのしく遊んだ妹のことを思うと、涙がこぼれました。

そして、お父さんが、宝のカンナでみんなのお家をつくっている姿を思うと、涙がこぼれました。

アキラは、お父さんの宝のカンナを、そっと胸にいだきました。

やがて、目の前に刀を抜いた人間がたちはだかりました。

「やあやあ、我が名は桃太郎!村人の大事なたからを盗んだのはお前だな!せいばいしてやる!」

そっと目をあげたアキラは、人間のことを思いました。

「どうして、奪うんだろう?」と。

イヌがアキラの首筋にかみつきました。

キジはアキラの目をつつきました。

サルはアキラがいだくお父さんの宝のカンナをさっと奪いました。

アキラが最後に聴いた音は、耳元で風を切り裂く「ひょう!」という音でした。

桃太郎たちは、アキラのお父さんの宝のカンナを手に、意気揚々と舟にのって鬼ヶ島を去りました。

かみなり雲はまるで涙を流すような雨を降らせました。

この話はとっても悲しい感じがするでしょう?

でも、悲しんだところで、アキラはもう戻りません。

おしまい。

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