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BiSは大丈夫だと思ったこととビッグなビートとワンコード音楽。

BiSは大丈夫だと思った。ということはBiSはこのままで大丈夫だろうか……、という時期があったわけだ。
そもそもBiSとは2010年に結成したアイドルグループで、これは第一期BiSと呼ばれている。その第一期BiSは2014年に解散して、第二期BiSが2016年に誕生し、2019年に解散。そして第三期BiSが同じ2019年に早くも始動して今に至る。このようにそもそもBiSはあまり大丈夫じゃないグループなのだ。

BiSはどの期も素晴らしいが、第三期BiSは一期や二期の文脈とはちょっとちがう音楽性を発信していた。激しくてエモくて、ジャパンロックへのリスペクトもあるグループだった。
その中心にネオ・トゥリーズという逸材がいた。安定した歌声と、圧倒的なハイトーンボイスがあった。WACKでBiSHのアイナ・ジ・エンドに並び立つほどのボーカリストだった。
そのネオ・トゥリーズが1月に脱退してしまった。
BiSのドキュメンタリーでネオ・トゥリーズが喉の不調を抱え精神的に追い詰められている場面があった。あの時にもう脱退が芽吹き始めていたのだろうか。

1月にネオ・トゥリーズと同時にイトー・ムセンシティ部も脱退した。この時点で三期BiSの初期メンバーはトギーだけになった。遅れて加入した2人を含む3人組だ。トギーは正統というより異端だしグループをかき回すスパイス的な役割だった。そのトギーがリーダーにならざるを得ない。大丈夫だろうか。
WACKのオーディションを経て5月、BiSは一気に新人3人が加わり6人体制になった。
7月、新曲「イーアーティエイチスィーナーエイチキューカーエイチケームビーネーズィーウーオム」が発売された。
この曲によって、僕はBiSは大丈夫だと確信した。

MVやライブの動画を観て、新しいBiSの素晴らしいアンバランスの調和を感じた。
トギーは力強い歌声と豊かすぎる表情で異端のままリーダーになった。新メンバーのうちイコ・ムゲンノカナタはすごく背が高い。171cm。148cmのトギーとあえて並ばせる布陣を見せて、アンバランスを強調する。
6人のうち、ナノ3ヒューガー、そして新人の1人、クレナイ・ワールズエンドの3人は割りとまっとうなアイドルか。
トギーと新人2人、身長が高すぎるイコ・ムゲンノカナタ、なんだか無表情なシオンエピックの3人ははみ出したアイドルだろうか。
この不揃いの6人が一斉に歌い叫ぶ。気持ちが前に飛び出す。すごい訴求力を見せてくれる。

さて「イーアーティエイチスィーナーエイチキューカーエイチケームビーネーズィーウーオム」だ。タイトルは、“もう全部めちゃくちゃにしたい”をアルファベット表記したもの(mou zenbu mechakuchani shitai)を逆さ読みしたおまじないで、「ここからもっとよくなっていく」という意味合いも込められる、ということだ。

昨日を越え 運命を越え
夢の向こうへ飛んでいくの 1,2,3指を鳴らした瞬間空さえ塗り替える
イーアーティエイチスィーナーエイチキューカーエイチケームビー
ネーズィーウーオム
生まれたての世界にあげる
新しい誕生日を

イーアーティエイチスィーナーエイチキューカーエイチケームビーネーズィーウーオム

そう! BiSは何度目かの誕生を遂げた。
同時発売されたもう1曲は「僕の目を見つめて 君の世界になりたい」だ。

ねえ顔上げてよく見てよ 証明してあげる
その目で見る価値がある世界だ 世界なんだって

僕の目を見つめて 君の世界になりたい

多用されるユニゾン。それは宣言、シュプレヒコール。僕たちに向けてBiSの新しい世界が高らかに宣言されたのだ。

この2曲はどちらも作詞と作曲はTHE SPELLBOUND。編曲は中野雅之(BOOM BOOM SATELLITES/THE SPELLBOUND)。
編曲の中野雅之のバンドBOOM BOOM SATELLITESは1990年に結成された。
BiSの新メンバーシオンエピックは元々BOOM BOOM SATELLITESが好きだったとインタビューで語っていて、只者じゃないなと思った。

Boom Boom Satellitesには「ビッグ・ビート」というジャンル名がついてくる。1990年代後半に起こったテクノとバンドサウンドが融合したロックのジャンル、運動だ。ビッグ・ビートの代表ユニットとしてはイギリスのケミカル・ブラザーズが挙げられる。1996年に「Setting Sun」が大ヒットした。昔はデジタルロックと言われていた気がする。

ケミカル・ブラザーズもBoom Boom Satellitesも、そしてBiSの新曲もボーカルの場所を奪いかねないうるさいシンセ音がサウンドを支配し、激しいリズムが暴走しまくるところが共通の特徴だろうか。
この重量感があって機械的な律動、つまりビッグなビート。サウンドの重量を積載して走っているイメージはから連想したのは、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の砂漠を突っ走り続ける巨大で奇怪なトラックたち。BiSの歌声もそのトラックに載って高速で突っ走っている。BiSの歌声、叫び声はシュプレヒコールだ!

BiSの新曲やBoom Boom Satellitesの曲、ビッグ・ビートの楽曲たちに共通するのは、ほぼワンコードだということもある。
コード進行はメロディーに寄り添いつつ和音を変化・進行させていき、情緒を醸し出す。いっぽうワンコードの曲は情緒ではなく、パワーを与える。推進力、揺るぎない大地に根ざしたような安定感、生命力が漲る。
コードの制約から開放され、かえって自由にメロディーが展開できる。さらにはメロディーからも開放されて、好き勝手に語り、叫び、主張する。

トーキング・ヘッズが1980年にリリースした『リメイン・イン・ライト』はほぼワンコードだ。激しいリズムをベースにプリミティブな音楽が展開していた。

1980年代のダンスフロアで流れたテクノも、コード展開のないむき出しの(しかし多彩な)リズムトラックだった(デトロイト・テクノなど)。フロアには原始的な祝祭空間が作り出されたのではないか。
マイルス・デイヴィスが1950年代後期に完成させたモード・ジャズは、コード進行を廃し、旋法というルールだけに基づいて自由なアドリブを謳歌した。
トーキング・ヘッズの「リメイン・イン・ライト」にはアフロビートの血が流れていると思うのだが、1960年代後半に起こったアフロビート運動の創始者はフェラ・クティだ。彼はほぼワンコードの激しいビートで強いメッセージを叫んだ。
さらに遡る1960年代初めにジェームズ・ブラウンがファンク革命を起こした。彼の音楽もほぼワンコードで、延々と繰り返される16ビートは聴衆を陶酔に導いた。

BiSの「イーアーティエイチスィーナーエイチキューカーエイチケームビーネーズィーウーオム」はそんないろいろな音楽とつながっているような気がする。

ところで9月3日午前4時ごろ、ネオ・トゥリーズらしき人物がX(旧twitter)に「Lan」という名前で登場した。「お仕事&お問い合わせはこちら」とメールアドレスを載せている。仕事が殺到するだろう。歌ってくれるだけでうれしい。

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