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恐怖の100キロババァ

【100キロババァ】

札幌から高速を使って1時間
千歳市にある観光地

支笏洞爺国立公園
支笏の読み方は『しこつ』だ

国内の湖では2番目の深さで
湖底には水草や朽ちた木が群がっており
落ちたものに絡みつき
2度と湖面に上がることがない悪魔の湖

そう、この一帯は
道内屈指の心霊スポットでも有名なのだ

この人知およばぬ魔界の大穴、支笏湖は
もともと漢字が違っており
正式には『死骨湖』となる

そのあまりにも不吉な名前のため
公家が手に持っていた笏(しゃく)を用いいて

支笏湖

位の高い、尊き湖、としたのだった

しかし実のところ
この支笏湖という文字は

いにしえの結界師による封印の術であり
太古の昔
この湖の深淵に
悪霊を封じ込めるためのものであった

そして数千年が経った今
その結界の力が弱まり
禍々しい魑魅魍魎たちが
人間たちを襲うようになったのだ

死骨湖
その名を知る者たちへの復讐のごとく

手付かずの大自然が残る支笏湖

なんでも、支笏湖から続く道には
呪いの力が働いているというルートがある

それは、湖から南へ向かう
苫小牧市につながるルートだ

このルートには
延々と続く直線道路があり
下手くそなドライバーですら
スピードを出してしまい
キップを切られてしまうため

通称、お縄街道とも呼ばれている

また、この道は
夜中になると家の灯りはおろか
街灯も一切ないため
車のヘッドライトだけが闇を照らす

地獄への一本道でもあるのだ

これからの話は
付き合って間もない
とある若いカップルの恐怖体験

真夜中の死骨湖ドライブ、帰り道編である

あれはデジタルの時計が
日付けをまたいだ頃で
月が雲に隠れ
一層、闇が車を飲み込んでしまいそうだった

やだぁー、こわ〜いぃ
大した怖くもないのに、わざと怖がる彼女

あはははは、全然怖くないね
けっこう怖いのに、強がる彼氏

度胸を見せたくなり
彼氏は一瞬ヘッドライトを消してみた

途端、ブワァッと闇が広がる

やだぁぁぁぁあああああ
予告なしで目の前が真っ暗になり
さすがの彼女も、ガチで怖がった

あはははは、冗談冗談
してやったりな彼氏、自慢げだ

そんなくっだらないやりとりも
ふたりの愛の肥やしとなる
そんな時期だったのだ

彼氏がふと、車のバックミラーをのぞくと
次々と闇に吸い込まれてゆく白線の向こうに
ほの白い何かが映った

ライトではないので後続車
、、、ではない、、、な

そう思いながら
バックミラーに近づいてくる何かを
チラチラ見ながら運転していると

ぼんやりな何かが、徐々に姿を現した

ひ、ひと!?

色白で髪を振り乱した人間が
猛スピードで近づいてくる

車は時速70キロ
何がどうしたら人間が走って近づけるのか

彼氏は思わずアクセルを踏み込んだ

75、、、80、、、

だ、だめだ、速すぎる
バ、バケモノか!

怖い!
彼氏はここで初めて
この身が震える恐怖を感じた

顔面が交感神経系のホルモンで
チクチクピリピリする

も、も、もしかして
あの人間、ずっと前に噂で聞いた

100キロババァじゃないのか!!?

バックミラーに映るそのバケモノは
すでに車の後ろ50メートルあたりまで
近づいてきている

そのバケモノは長髪で左目しか見えないが
マリアナ海溝のような
目尻のシワまで見えてきた

やはり、ババァだ
あの、100キロババァなんだ!

彼氏は確証した
この支笏湖の直線道路に現れる
恐怖の幽霊、100キロババァ

そうだ、そうだ、そうだ
落ち着け、落ち着け、落ち着くんだ、俺

彼氏はゴクリと唾を飲み込み
冷静を装いながら
友人から聞いた話を思い出す

〜その昔、友人から聞いた話、はじまり〜

心が恐怖に満たされて
体と知性が分離された時
人は、アクセルを踏む

100キロババァより速く
100キロババァより速く
そう思考がこの身体を急かした時
ババァはそいつを地獄に堕とすのだ

〜その昔、友人から聞いた話、終わり〜

そうか!

彼氏はまんまと
100キロババァに
騙されるところだった

あることに気づいた彼氏は
左ウィンカーを出し、ブレーキを踏んで
アスファルト左側に車を寄せた

60、、、55、、、

100キロババァ
どうぞ、お先に!!!

その途端
バックミラーの100キロババァは
ぐぐぐと距離を詰めてきて

殺されるか!?
犯られるか!?
俺は間違ったのか!?

そんなわずかの境目で
100キロババァは
車のドア横を猛スピードで
通り過ぎていったのだ

その瞬間、窓ごしに
100キロババァと彼氏は目が合って

100キロババァが
彼氏に右手で👍ポーズと
左目ウィンクをしていたではないか

そう、100キロババァは
逃げ切ろうとすると、どこまでもついてくる
つまり道を譲ると
気をよくして先を行ってしまうのだ

あっという間に
車のヘッドライトに照らされた
老いぼれの後ろ姿は小さくなってゆく

な、な、なに!?
あのババァ

猛スピードで闇に溶けてゆく
100キロババァを指差して

彼女は叫んだ

もしかして
ひゃ、ひゃ、100キロババァじゃないの!?

彼氏は、それ以上
肯定も否定もできぬまま
アクセルを踏み直した

しばらくの間、2人は沈黙していた

あの胸の鼓動は何だったのか
五体満足なことに感謝した

何に感謝を?
それは分からない、でも
無事で本当によかった

そういえば、聞いてなかったことがある

100キロババァに捕まると
どうなるんだ?

食べられるでもないし
車から引き摺り出されるわけでもない

いったい全体
あのバァさんは何のために
100キロで走り続けているんだ?

そんなことを考えながら
車を進めていると直線道路が終わり
突然きらびやかな街並みに景色が変わった

クリスマス、みたい

今までの出来事と真逆な光景に
彼女が思わず言葉を口にした

必要以上のイルミネーション
光り輝く艶のある店の名前

あ、ここラブホ街だ

彼氏も彼女も頭の中で
ここがどういうところなのか
イマジネーションしてしまう

闇から光へ
そして
不安から安堵へ

彼らはそれ以上、話すこともなく
その光輝く建物の中へ
一直線だった

100キロババァ、ここにはいないよね

あぁ、100キロババァ
ここにはいないさ

注)この体験談は
ノンブィクションで

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