乗峯栄一さん逝く
鬼才か奇才か?
週刊競馬ブックに『理想と妄想』なるコラムを2008年から連載していた乗峯栄一さんが急逝された。2024年9月25日でした。
関西版スポーツニッポンのコラムを書かれていた当時も、お名前だけは知ってましたが、その人となりはもちろん、肩書にある作家としての作品も読んだことはなかった。でも一定数のファンがいて、人気コラムニストであることは耳にしておりました。
その人が、巡り巡って競馬ブックのコラムを担当するという。
コアな競馬ファンならご存知の通り、「競馬ブックと言えば〝かなざわいっせい〟」と言われるほどの人気コラムニストが毎週2ページの『八方破れ』という記事を連載中で、そこに無名とまでは言わないものの、関東ではあまり馴染みのなかった乗峯さんが執筆陣に加わったわけです。それも隔週の連載だという。はたしてどんな評判になるのか。
そう思っていたら、心配するだけ無駄でした。
とにかく、無暗矢鱈に面白い。文体が独特過ぎるあまり、馴染むのに時間のかかる読者の声も聞かれましたが、いつのまにか〝乗峯ワールド〟としか言いようがない物語世界に魅入られることになっていったのだと思います。
予想ナシ
競馬のコラム、それもほぼ同時進行形であるにもかかわらず、レースの予想がない。レースに向かうまでの出走馬の情報はもちろん、関係者の息遣いだとかに触れるでもない。
では一体、何を書いているのか、と言えば、もろもろの時事ネタや芸能ネタ、或いは取るに足らないネット記事で得られた情報をベースに、競馬の話につなげていく。かと思ったら、すぐに脱線。「言いたいのはそこじゃない」と言って軌道修正を試みるものの、字数が尽きてあたふたと閉めになったり、結局、最後まで脱線したまま、ということもなくはなかった。
それなのに、ファンが、それも熱烈なファンがついた。
集大成と呼んでいいのかどうか
こちらは乗峯さんの代表作と言っていいのではないか、と思われる2018年に出された著書。
『競馬妄想辞典~言いたいのはそこじゃない』
の表紙です。
週刊競馬ブックの連載の中から60本のコラムを中心に、過去に書かれた記事を含めたコラム集。まえがきで自身が「競馬ライター乗峯栄一の集大成」と書いている作品です。
私には、知人が著作を出版したらサインをもらう、という趣味?があって、ようやく昨年、実現しました。
表紙をめくってすぐに書いてもらったのが下の画像です。
昨年の日付ですけれど、1年後の9月27日。彼のお通夜に出席することになろうとは……。
実はこの日は、三木ホースランドパークで〝初老ジャパン〟のイベントがあり、大岩選手、戸本選手が登壇しました。そこに中内田師と高田潤騎手に、角居元調教師もかけつける、という豪華出演陣によるトークショーが行われました。
その様子を取材した後、乗峯さんと会うべく、大阪入りする予定だったのです。それがまさかの対面で……。こんなことありますか。
トップバッターは理事長
訃報が伝わってきたのは茨城を発つ直前の前々日の夜。あくまで家族葬、ということで、小ぢんまりした会場でしたが、所狭しと故人を偲ぶ供花が飾られ、賑やかなお通夜だったと思います。
弔電が読まれたトップバッターはJRA理事長の吉田正義様(もちろん供花もございました)。2番手はJRA騎手会副会長の和田竜二様(もちろん供花もございました)。
彼らから花が送られ、弔電が来る、というのは乗峯さんにとってはこれ以上なく嬉しく、誇らしいことだったと思います。いろいろと、複雑な思いを抱えておられたことは聞いてましたけど、今日ばかりはやっぱりねえ。
作風の謎
基本は博覧強記
さて、彼の作風について、です。
この件は彼の遺言、とは申しませんが、
「あと10年くらいは大丈夫だと思うけど、僕に何かあった時、いつか書評を書いてくださいよ」
と言われた手前、いずれしっかり書こうと思いますが、ここではひとまずさわりだけ。
競馬のことから始めない
「ジャーナリズムの末端であるなら予想をしない競馬記者がいてもいいのではないか」と思っていた自分としては、乗峯さんの「競馬の話を最初に書かない」という手法には感心させられたものでした。しかし、それにはきっと、「あらゆるジャンルに精通した知識の裏付けに自信があるのだろう」とは想像がつきます。そうした強い気持ちがないと、なかなか自由闊達には書けまい、と。SNS界隈では、たまにテレビの有識者志望(?)のインフルエンサーを見かけますが、この手合は自分の知識量に酔っているだけ、の人が少なくない。
乗峯さんはそうじゃなかった。実際に会って、話してみると、特定ジャンルについては博覧強記か、と思える部分があった。大学(早稲田大学第一文学部ロシア語専攻)時代から、吉本隆明らに代表される思想家達の影響を受け、日本に根差した宗教全般に造詣を持ち、日本の古代史、歴史、文学にとどまらず生物学、物理学等々……。
これらについては、デビュー前の自費出版「いま冬、いまは薄明」に詳しいのですが、いずれこちらで紹介できればと思います(電子書籍化できるようならそうしたい)。
なにしろ今はまだ、気持ちの動揺が収まっておらず、今しばらくお待ちいただければと。
(いずれきちんと追悼記事っぽく書かせていただく所存です)
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