ダークルック

キム・ジョーンズによる新生Dior Hommeの真価は

ついにキム・ジョーンズが手がける「Dior Homme」待望のファーストシーズンが幕を開けた。

全世界に痛烈な衝撃を与えたLOUIS VUITTONでの、彼のクリエイションもまだ記憶に新しい。ラグジュアリーブランドのコレクションでクリストファー・ネメスやSupremeといった、ストリートブランドとのコラボレーションを試みた彼の挑戦は、風通しの悪かったファッションの世界に大きな旋風を巻き起こした。

そして訪れた突然の退陣、まだ熱も冷めやらぬ中で告げられた彼の次なるステージは、まさかのDior Hommeだった。

Dior Hommeと言えば、2018年の現在でも未だにエディ・スリマンが手掛けた漆黒のスキニールックのイメージは払拭されていないメゾンであるように思う。後任のクリスヴァンアッシュはメゾンのイメージを守りつつ、得意とするスポーティーなモードスタイルで安定したクリエイションを見せはしたが、トレンドセッターになり得るような強さのあるコレクションには及ばなかった。

その経緯を踏まえた上で、この伝統あるメゾンにストリートの出自を持つキム・ジョーンズがデザイナーとして招かれた理由は明白だ。

更にLOUIS VUITTONで彼の後任に選ばれたのはヴァージル・アブロー。泣く子も黙る最強のストリートブランドであるオフ・ホワイトのデザイナー大抜擢された背景を踏まえれば、いま「メゾンが何を求めているのか」がお分かり頂けるだろう。

では、キム・ジョーンズの電撃移籍はDior Hommeに何をもたらしたのだろうか。コレクションの映像からそれに迫ってみる。


ショーが行われたのは、パリの空に太陽が高く上る爽やかな午後だ。

半野外の会場は開放的な空気感に包まれ、ステージとなる円形の会場の中心部にはポップで巨大なぬいぐるみ風の、「KAWS」のモニュメントが設置されている。伝統あるメゾンのイメージとは打って変わった、ポップでハッピーなムード。キムらしい遊び心にショーへの期待が膨らむ。

そしてショーの幕が開く。会場に鳴り響くBGMはアンダーワールドの『Born Sllippy』のリミックスだ。しかし四つ打ちのキックでノらせるかと思いきや、リズムが変則的にリミックスされた音源はトリッキーなリズムを刻む。

待望のファーストルックは白を基調としたテーラードスタイルに、足元はスニーカーを合わせた軽快なルック。モデルの髪はタイトにセットされており、清涼感溢れる雰囲気だ。

続くルックもオールホワイト、シアー感のある素材使いも相まってピュアでイノセントな雰囲気だ。しかし首元には重厚な鎖型のネックレスが異質な存在感を放ち、静かなスタイリングの中にギラリと光るパンクスピリットを覗かせている。

ショーが進むにつれて次第に色付いていくルック。キムらしいスポーティーな素材感やワーク、ミリタリーを感じさせるディティールを盛り込みつつもクリーンな印象。いずれもメゾンの過去のアーカイブへのリスペクトを感じさせるものに仕上がっている。

後半に入ると鮮やかなフラワー柄やオールブラックのルックが登場し、「強さ」は感じさせるものの印象はクリーンだ。同じ黒でもかつてのDior Hommeのようなダークなモードスタイルではなく、新鮮な風を身にまとった、未来への軽やかな足取りを感じさせるようなポジティブなスタイル。

全体としてシャツやテーラードジャケットを軸にしたコレクションではあったものの、足元は徹底して存在感のあるスニーカーが取り入れられ、キャップやベルト、バックパックなどの小物使いでストリート感の強いルックが主となった。快活でアクティブなエッセンスは取り入れつつも、メゾンの品位を損なうことなく上質なモードスタイルを作り上げたキムのファーストコレクション。ドレステーラードのルックの少なさはDior Hommeのイメージには反するものかもしれないが、これが彼の意思表明なのだろう。

ショーのラストシーン、笑顔で現れたキムはいつも通りのミニマムなスタイルに、印象的なハイカットスニーカーを合わせて会場を駆け抜け回った。コレクションを発表するデザイナーは、そのほとんどが会釈程度にしかその姿を見せないのが一般的だが、会場中に笑顔を振りまきご婦人の手を取って軽やかに去って行く様子は実に清々しいものだった。

ステージから捌けていく彼の後ろ姿に贈られる拍手、世界はこの情景をどう受け取っただろうか。少なくとも私には、新生Dior Hommeのファーストシーズンは成功であったように感じられる。

それは世界のトレンドを牽引するようなキャッチーで強さのあるものではなかったが、Dior Hommeとしての品位を守りつつ、彼らしい遊び心とバランス感覚でメゾンに確かな新しい風を吹き込んだと感じた。

『Born Slippy』この曲がショーのBGMとして選ばれたのは、紛れもなく彼の所信表明だ。

同曲は映画「トレインスポッティング」のメインテーマ曲として有名だが、この作品はまともな大人になれなかった若者がドラッグ中毒の負の連鎖の果てに、全てを投げ捨てて荒んだ人生を突っ走る、という青春を描いたものだ。

「ストリートブランドへの熱狂」という中毒が世界を席巻する渦中で、LOUIS VUITTONというビッグネームからDior Hommeというビッグネームへと身を移したキム・ジョーンズ。狂騒の中で品位を求められるという繊細で複雑な身の上であっても、彼は彼らしく突っ走るのだ という確かな意思を感じさせるものであった。


キム・ジョーンズがDior Hommeにもたらしたもの。

それはメゾンに吹き込まれた「新しい時代の風」そのものだ。

変革の時を迎えた世界のファッションシーンで、ストリートの遺伝子を持って生まれてくるキッズ達が夢中になるようなブランド像。

一過性の話題だけでなく、ブランドイメージの革新と伝統の更新に彼がどこまで貢献できるのか。早くも次なるシーズンが待ち遠しい。


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