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家族のバランス

ちょうど、シーソーにように。

人との接するとき、"この人に心理的な借りがどれくらいあるか"を気にしながら話す自分が、気づかないうちにいる。

「この人にこれくらい世話になったから、もっと優しくしないと、何か返さないと」という、健全なようなサイコパスのような感覚。これは仕事しているうちに身に付いた感覚なのだろうか?それとも、昔から無意識のうちにもっていて、仕事をするうちに顕在化したのだろうか?

そうやって、他者とのバランスをとっている。そう、家族とでも。

結婚して1年と4か月になる。他人が自分の背中に乗っかり、自分もその他人の背中に乗っかるような、変な感覚になってもうこんなに月日が経った。

結婚は相手とのものと思っていたら大きな間違いだった。自分の親、相手の親。お互いの友達。自分と相手の周りのすべてが入り交じり、今までになかった人間関係を作り出す。

とりわけ、相手の親との関係についてはとても難しい。相手の親から多くの物質的、心理的な施しを受けているが、これを自分の連れ合いは何とも思っていない。むしろ、受けて当たり前と思っているようだ。成人した大人が自分の親から施しを受けることについて何とも思わないのは、間違いなくその家族環境に原因がある。

これが、おそらく、負の物質として自分の心に溜まっていっている気がする。自分たちのお金でできないのであれば、それは身の丈以上を求めているから。そんな正論的な考え方は連れ合いにもその親にも通用しない。むしろ助けるのが当たり前、と考えているようだ。

自分が間違っている可能性もある。夫婦関係、その周囲の家族関係に絶対の形などない。ただ、自分の納得いくかたちで日々の生活を過ごしたい。

自分と連れ合いの家族が乗るシーソーは、自分が重みで地面が抜けるほどに、バランスが取れなくなっている。

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