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遙かなる時空の中で7 阿国攻略感想

※個人の感想です
※ネタバレがあります


 攻略六人目は阿国。
 大人気の舞い手で大和の推し。ストレートの長髪、凝った髪型、化粧をバッチリした女性的な美形である。女性的というか、まあ一言で言えば『女装』しているのだが、阿国は自ら「私は女です」と発言して性別を偽っているわけではない。阿国の外見や振る舞いを見た周囲が勝手に彼を女性だと誤解しているのだ。

 ただ、彼は周りから女性と誤認されても構わないと思っているし、彼が男性だと知る人々もその誤解をわざわざ解かない。そのため、七緒たちが彼を女性だと思い込んだままストーリーは進行する。

 阿国は、慣れない場所で怨霊と戦わなくてはいけない七緒の気持ちに寄り添い、励ましてくれる。茶目っ気もあるし、明るくて気さくだし、相談にも乗ってくれる。守ってはくれるが、かといって過保護ではない。こんな人がそばにいたら、七緒じゃなくても頼りにするだろう。阿国のことを同性だと思っているなら、なおさら安心感があるだろう。

 七緒は阿国の性別を誤解したまま「背が高くてハスキーボイスの、綺麗で優しくて強いおねえさん」として、恋心とは無関係に彼を慕うようになる。「阿国さんは、その……生理の時は大変じゃないですか?」みたいなことをうっかり聞きかねないほど、七緒は阿国を女性だと信じ切っている。これは七緒たちが鈍感だったと言うべきか、阿国の女装の完成度が素晴らしかったと言うべきかはわからないが、阿国としては、自分からわざわざ男だとは明かさなくても、ずっと一緒に旅してたらまあ自然にバレるだろ、くらいの気持ちだったのではないかと思う。
 少なくとも私には、阿国が自分が男であることをそれほど必死に隠しているようには見えなかった。それは、彼にとっての重大な秘密が「実は男」という部分ではないからだ。阿国は男バレが困るのではなく、「なぜ」女装に至ったのかを追求される方が困るのである。

 乙女ゲーには、「事情があって女性的な服装と化粧をしているキャラ」がたまに出てくる。特に重い理由無く化粧をキメているのは、アンジェリークのオリヴィエ様くらいであり、阿国にはもちろん事情がある。
 なぜ男性である阿国がわざわざ女性の服装や振る舞いをしているのか。阿国の「どうして戦をしたがるのか私にはわからない」という言葉や、信長を恨む怨霊に襲われた七緒への言葉、安土城を避ける態度、坂本城での様子、義高と大姫の話をした時の態度などなど、様々な匂わせが彼の正体への導きになっているのだ。

 ストーリーが進行すると、七緒は岐阜城の中で見知らぬイケメンと出会う。これが女装を解いた阿国の真の姿なのだが、夜で暗い上に相手の声のトーンが普段と違うとはいえ、七緒ときたら謎のイケメン=阿国だと全然気づかない。これには阿国も驚いているように見える。「気づいてないの? マジ?」というような。
 阿国がここで「いや〜、気づかないもんだね。私だよ、阿国さんだよ」と七緒に教えてやればよかったのだろうが、そうもいかない理由がある。というのも、この時、男姿の阿国は泣いていたからだ。
 この涙の理由は彼の正体と深く結びついたものなので、簡単に他人に教えていいものではない。
 かくして阿国は咄嗟に『コウ』と偽名を名乗り、『阿国』とは別人として七緒と知り合うことになる。まあ、阿国は何が何でも男だということを隠したかったわけではなく、「タイミングを逃して言いそびれた」という感じがする。
 この時点でコウ=阿国だと気付かないプレイヤーは一人もいないだろうが、七緒は全然気づかず、夜にのみ現れる謎の青年コウと密かに交流していく。
  コウはいつもなんとなく寂しそうで、悲しそうで、よく涙を流す。感受性も強そうだし、繊細そうだ。気風が良くて明るい『阿国』とは全然違うタイプである。七緒がコウと会えるのは夜の薄暗さの中でだけだから、両者の違いを考えたら、七緒がコウ=阿国だと気づかなくても仕方ないかもと思わせられる。それくらいコウと阿国の印象は違う。

 前述したように阿国は自分が女性だと嘘をついているというより「周囲の誤解を積極的に解かない」だけだ。騙しているというより、自分からは正解を言わないのである。
 だから、コウ=阿国=男性だということはわりとあっさりバレる。元々それを知っていたのは宗矩、幸村、兼続。五月や、つばきあたりも気づいていそうだ。
 七緒をはじめ、阿国が男だと知ったみんなは驚くが、「女装して舞ったら思いの外評判が良くて、それをやめるわけにいかなくなったから」という理由に納得する。それまで阿国が舞うシーンがたくさん描かれてきたおかげだろう。「男だと表明しなかったのは阿国を女性だと思っている阿国推したちへの配慮」という理由には、大和を見ているだけに説得力がある。
 だが、女装の理由はそれだけではない。
 もう一つの理由こそが、阿国最大の秘密である。

 『阿国』の秘密は、自身の正体が「明智光慶であること」だ。光慶は織田信長を討った明智光秀の嫡男である。
 その秘密に比べたら「実は男性」ということなど些事。少なくとも阿国本人はそう考えていると思う。なぜなら、阿国=コウ(男性)がみんなに知られても動揺しなかった阿国が、阿国=光慶(光秀の息子)だと七緒に知られたとたんに姿を消そうとしているからだ。

 明智光秀は謀反人。少なくともこの時代の共通認識はそういうものであり、明智の一族はことごとく誅殺されている。それほどの近い血縁がなく死罪を免れたとしても、明智光秀に関わったものは『謀反人の一族』という目を向けられていたはずだ。主だった者は山崎の戦いと坂本城で討たれており、本来なら嫡男の明智光慶は坂本城で切腹して果てたはずである。

 遙か7の世界では、落城時の光慶はまだ子どもだが、嫡男であることを考えると助命は無理だったと思う。しかしそこで明智の一族、家臣たちは、いつの日か明智家を再興してほしいと願い、光慶をひそかに坂本城から脱出させる。
 と、まあこういう事情があるので、阿国が堂々と光慶を名乗れないのは当たり前である。
 さらにいえば、幼い頃から光慶と七緒は許婚同士であり、将来は結婚するはずだったのだ。その事を当初、七緒は忘れているが、阿国ははじめからばっちり覚えている。目の前の相手の父を自分の父が殺したのだから、気まずいどころではないだろう。
 「自分は実は男で、明智光慶で、明智光秀の息子で、あんたの父の敵の息子で、しかもあんたの許嫁」という情報量の多さ。阿国でなくとも、そして七緒に好意を持てば持つほど、どこからどう話していいか迷うところだ。
 だから七緒は、コウ=阿国だと知った後も、個別ルートに入ってからしばらく経つまで阿国=光慶の方は知らされずに過ごす。

 阿国と光慶が同一人物だとは知らない七緒だが、光慶が自分の許嫁だったことは思い出す。光慶と遊んだ幼い頃のことを思い出すにつれて、その子の行方が気になりはじめる。
 プレイヤーとしては「光慶は隣にいるよぉぉ!」とヤキモキしつつ見守る状態が続く。七緒は、阿国にはもちろん男姿のコウにも無邪気に光慶の話をするのだが、もちろんそこには「光慶は父を殺した仇の息子!」などという気持ちは微塵もない。なぜなら、本能寺の変のすぐ後に時空を飛んだ幼い七緒には、明智光秀に対する憎しみを育む土壌がないからだ。誰かに対する恨みや憎しみは、それについての記憶が本人にはっきり残っているか、または周囲がその恨みを本人に吹き込み続けないと薄れていく。七緒は当時、小学1年くらいの年齢であり、ついこの間まで記憶が封印されていた。また、彼女の周りに「あなたの父は光秀に殺された」と言い続ける人はいなかった。それに、令和育ちの七緒に『家』という意識は希薄だ。「織田家の娘だから」とか「家のために」とは考えない。だから明智光秀については「特に恨みはない。というか父を殺されたという実感がない」となる。光秀を恨まない七緒が優しいというより、「恨みようがない」という方が正しいだろう。
 一方で、令和の世で生まれ育った女子高生が「許嫁」というワードにテンション爆上がりする気持ちはなんとなくわかる。だから、七緒が許嫁が仇の息子であることよりも、彼の行方や人となりに興味を持つのは不自然ではない。
 許嫁に対する七緒の気持ちはずっとそんな感じ(憎しみも恨みも持ちようがないけど、もう一回会いたいし生きてて欲しい。家とかの括りはピンとこない)なので、阿国にもコウにも許嫁の話を普通にするのだ。
 一方の阿国(光慶)はといえば、「私はこの子の父の仇の息子」という意識を持ち続けているので名乗れない。名乗ったら、七緒が父の死を思い出して苦しむだろうと思っているからだ。プレイヤーとしては、「七緒は全く気にしてない(本当に)から名乗りなされや」と思うのだが、光慶は優しい人なのである。

 そんな意識のすれ違い状態の中、七緒が阿国=光慶=自分の許嫁だと知るのは、幽閉中の細川ガラシャ夫人を舞で慰めるために阿国と共に夫人のところに行ってからの事だ。
 ガラシャは光秀の娘、つまりは阿国の実姉なので、諸々のやり取りから七緒は阿国=光慶=自分の婚約者だということを知ったのである。
 でも、知ったところで七緒の気持ちは揺らがない。
 七緒にとっての光慶は記憶の中のまま優しい男の子であり、その男の子が成長した姿である阿国のことは大好きだ。阿国への気持ちは彼が明智家の人間であることとは無関係だし、もちろん自分が織田の姫だということは彼を憎む理由にはならない。『家』に属するのが当たり前で、『家』の利益を最優先で考える戦国の人間では持ち得ない価値観を七緒は持っているのだ。 
 私は阿国ルートの前に黒田長政ルートをやっているのだが、『家』から発生する己の立場を忘れるな!と怒られがちだった長政ルートと違って、阿国ルートでは七緒のその価値観が奏功する。
光慶は、落城寸前の坂本城で、死にゆく一族家臣たちに託された『明智家再興』を背負って生きる事になった。光慶は戦ってまで明智家を再興したいと思っていないし、戦いは好きじゃないタイプなのだが、一族家臣たちが命をかけた願い『明智家再興』をさくっと断れるような義理を欠くタイプでもない。『家』のために生かされたからには再興のために動くべきだと考える。
 だが、明智家を再興することなど時勢を考えたら現実的に無理。正直それをしたいとも思っていない。ではなぜ自分は生かされたのか。のうのうと生きていていいのか。そう考えてしまう。「明智家の再興」こそが阿国を縛り、苦しめているのだ。
 明智の嫡男として家の再興を託されたものの、それを成せない自分への苛立ちと葛藤は、コウの姿(明智家嫡男)の時に悪夢として現れていた。逆に言うと、阿国の姿(自由な舞い手)の時には、『家』の縛りから逃れることが出来ていたのだが、ガラシャ夫人に会ってからというもの、阿国の姿の時にも悪夢に苦しめられるようになる。
 「家を再興せよ」「そのために生かしたのだ」と血みどろの一族郎党に責められる悪夢を阿国は『呪詛』と呼ぶのだが、それは阿国の心に巣くうものなので、阿国自身が乗り越えるしか無いのだ。

 このあと、『家』に縛られない七緒の見守りにより、阿国は『家』ではなく自分がどうしたいのか自由に決めていいんだ!と吹っ切る事になる。自分と同じように『家』に囚われている姉ガラシャを救いたいという気持ちも彼を後押ししたのかもしれない。  
 史実ではガラシャ夫人は『家』に縛られたまま亡くなるが、こちらの世界では屋敷を脱出し、明智の姫や細川家の嫁ではなく『ガラシャ』として新たに生きてみたいと前向きな言葉を発している。『阿国』として生きると決めた弟の姿に、こちらも後押しされたのだ。

 このルートのラスボスは平島。足利家、つまり『家』を再興したい気持ちでいっぱいの平島なので、阿国にぶつけるにはこれ以上ない人選と言える。
 平島は怨霊となった明智光秀を呼び出し、明智再興コールで阿国を揺さぶらせるが、自由に生きて人々を楽しませると決めた阿国は父の怨霊を見事にはねつけ浄化に成功する。
 もう天下獲りからは外れてしまった足利家の平島と、再興したところで以前のような力は持ち得ない明智家の阿国。平島は自ら家に殉じ、阿国は自由になった。違う道を選んだ二人だが、根底には同じものを抱えていたせいか、このルートの平島は敵とはいえかなり穏やか。阿国の正体の方に重点が置かれたため、平島の想いやラスボス戦などはあっさり描かれたのかなと思う。また、阿国は関ヶ原の東軍西軍、どちらの主力武将でもないので、天下分け目の戦いは気づいたら終わっていたという感じだった。

 ラストは、『阿国』の姿で自由に生きることにした阿国が七緒と旅をしているシーンのスチルである。初めて登場したときは対極に思えた『コウ』と『阿国』だが、ストーリーの最後にはキャラがお互いに少しずつ寄ってきている印象だ。お茶目で明るい『阿国』は舞い手としてのキャラ作り、というだけではなく、光慶が自分の心を守るために作り出した面もあるのではないだろうか。光慶には許されないことを堂々と自由に出来るのが『阿国』だったのだと思う。
 阿国のキャラクターは、もし彼が本当に女性だったとしても、七緒は阿国に恋したかもしれないと思わせられる魅力があり、性別に関係なく「この人、いいな」と思わせられた。

 理由あっての女装、実はヒロインの父の仇の息子であるという秘密、幼い頃は許嫁同士だったという関係性。ロマンのある設定盛りだくさんのルートだったと思う。
 また、阿国は喋り方も体型も、見ようによっては女性にも男性にも見えるという絶妙な造形のキャラだと思う。女装していても女性に寄りすぎておらず、ときめきを与える。一方で、手や喉元などの男性的特徴の出る部分はきちんと隠してあり、男っぽさは抑えられている。
 歴史上の有名人でありながら謎の多い『阿国』、そして、実は坂本城から逃れていたのでは説がある『明智光慶』を本当に上手く組み合わせたなと思う。

 ただ、七緒には「私の父はあんたの父の仇なんだよ」と苦悩していた阿国なのに、秀信に対してはそういう描写がないことが気になった。明智は織田信忠の仇でもあり、七緒と秀信はどちらも明智に父を討たれているのだから、光慶が秀信に抱く申し訳無さも七緒に対するものと同じはずだ。なのに、阿国が秀信に会った時には「阿国って呼んでくれて構わないよ」などと随分フランクであるし、そもそも秀信の岐阜城に居候することには何の後ろめたさも抱いていないように見える。
 もちろん、共通ルートで登場する秀信への負い目を阿国があからさまに見せてしまったら、個別ルートに入る前にネタバレしてしまうので、シナリオ上でそれは避けたかったんだろうとは思う。
 だがそれにしても、ほとんど同じ立ち位置にいるはずの七緒と秀信への気持ちの向け方があまりにも違う。阿国には、せめて秀信の城である岐阜城にやっかいになることに対して、もうちょい申し訳ない様子を見せてほしかった。
 ただ、何度も言うがルート外での秀信への阿国の態度は、下手をするとネタバレに直結する部分なので、作るのが本当に難しかったんだろうなと思う。

 あと、『十五郎』の名前は出さない方が良かったと思う。『十五郎』なんて名前の男はたくさんいるだろうが、この時代が舞台のエンタメ的読み物に『十五郎』が出てきたらまず『明智光慶』のことである。『十兵衛』といえば明智光秀か柳生三厳(←宗矩の子ども)、くらいの感覚だ。せっかくの秘密なのに、序盤に名前でバレてしまうのはもったいないと思った。
 それでなくともヒロインが織田の姫なら、明智の男が出てくるに違いないと睨んでいたプレイヤーは多いはずだ。私もその一人で、ゲーム開始からずっと「絶対どこかに正体を隠した明智の男がいるはず!」と思いながらプレイしていた(ちなみに私は五月がそれかな〜と疑っていた)。そんなプレイヤーにカタルシスを与えるためにも、阿国本人が光慶を名乗るまで『長山十五郎』などとは言わずに、男姿の時は『コウ』で通してくれればよかったのにと思った。
 他のキャラの個別ルートをやり、共通ルートを何度もやると、安土城や坂本城を前にした阿国の態度や、その名前などから、プレイヤーが阿国=明智光慶だと気づく確率が高くなる。阿国の攻略を後に回せば回すほど、『阿国が実は明智光慶』という美味しい秘密に気づく確率が上がり、その鮮度が落ちるのである。
 阿国ルートでは、ラスボス平島の事情が武蔵ルートほどよくわからないので、「阿国ルートをぜひとも最初に!」とは言わないが、せめて三人目以内に攻略に取り掛った方が阿国のストーリーをより楽しめるのではないかと思った。
 私は阿国を6番目に攻略してしまったが、記憶を消せるなら阿国はもっと早めに攻略したかったと思う。

 遙か7の明智光慶は、死にゆく同族に明智家再興を託されて坂本城から逃され、その願いに縛られて苦しむ。だが、明智家再興を誓い、自死を迫る同族を振り切って自ら城を脱出する明智光慶が主人公の小説もある。
 どちらの物語にしても光慶は坂本城から逃れて生きるので、『明智光慶』には人々のロマンを掻き立てる何かがあるのかもしれない。
 次は直江兼続に行こうと思う。

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