夏空のモノローグ 木野瀬一輝攻略感想

※個人の感想です

夏空のモノローグを始めた。
私はどのゲームも事前の情報をあんまり見ずにプレイする。ストーリーはもちろん、キャラの名前も性格もよく知らない。ツイッターをやっているからたまに公式イラストや二次イラストがリツイートされてくるが、見たことがあるのはそれだけだしスルーするから目に留めない。
だがゲームを起動して数分後、科学部の部室で木野瀬の顔を見た私は即座に「よっしゃ、お前からいく」と決めた。
この中だと圧倒的に好みの外見をしていたからだ。
木野瀬は短髪に目つきの鋭い顔立ちで、体格も良さげ。いかにも運動の出来そうなタイプである。なんでこんな奴が科学部にいるんだとまずは思ったが、それは木野瀬に限ったことではない。
正直、「科学部」というのは文化部の中ではかなりマイナーだ。そこに所属して何らかの研究成果を上げるなり手作りラジコンカーで全国大会に出てテレビに映るなりしている「科学部」ならともかく、普通はマイナー枠である。
だがこの高校の場合、モテそうな男たちがなぜか科学部に集結している。男子生徒4人に男性顧問1人、そして、ただ一人の女子部員がヒロイン葵という人数構成だ。
葵は諸事情あってクラスではオドオドしている大人しいタイプだが、科学部にいる時だけはイキイキしている。可愛いというよりは、影のある美人なのでないかという気がする。
クラスに馴染めず周りを拒絶し女友達もいないけど、男だらけの科学部ではツッコミもスルーもこなして愛される葵は、傍から見たら完全にオタサーの姫。
この姫の一人称でゲームは進行する。
夏空は合間にミニゲームが挟まることもなく、パラメータ上げの必要もない、完全なノベルゲームだ。狙ったキャラのイベントを起こしていけば特に困ることなくエンディングまでのルートに入る。
ヒロイン葵の語りから、個別ルートに入るまでにこの舞台のあらましや彼女の事情がわかるようになっている。

まずはゲームの舞台となる土岐島市。ここに30年前に突然「ツリー」と呼ばれる奇妙な建造物が出現する。材質が既存のものではないことやその出現自体の不思議さに当時は騒がれたものの、今は放置されているという状況だ。
そして現在から遡ること約1年間前。高校1年生になってしばらくしたある日、葵はなぜかツリーの前で倒れており、意識が戻ったときにはそれまでの記憶を失っていた。
生活習慣や学校で学んだことは覚えているが、自分を構成する過去の記憶、思い出は全く覚えていなかった。だから、それまでの友人や母親と話していても「こいつらが見ているのは目の前にいる自分ではなく、記憶を失う前の「葵」だ」と苛立つようになる。「葵」を懐かしがり、「今の自分」を見てくれない(ように思える)人間たちと接するのが嫌でたまらなくなっている。記憶が戻って「以前の葵」に戻ることを望む人は、「今の葵」を受け入れていないと感じているためだ。その筆頭が母親である。
15年育てた自分の娘が得体のしれないツリーの前で意識を失っていて、起きたら記憶を失っていたんだから心配もするだろうし、本当に娘なのかと問いただしたい気持ちもわかる(ツリーは宇宙からの云々という噂もあることだし)。だが、その問いかけは葵を深く傷つけた。
そういう事情があるので、葵はクラスで授業を受けるのではなく、保健室登校のような状態だったようだ。
葵はその後、世話になっている浅浪先生が顧問を務める科学部に入り、そこで部長のメガネと今回攻略した木野瀬に出会う(その一年後にはカガハルと篠原が入部してくる)。
前述のように葵は「以前の自分」を知っていて、懐かしがったり「記憶が戻るといいね」みたいな事を言ってくる人間を好まない。「以前の葵」を望む奴らは「今の自分」を求めていないと思ってしまうからだ。だから、以前の自分を全く知らない人たちに囲まれていた方が安心するのだ。だから科学部は居心地がいい、大事な場所だと葵は繰り返している。
だが、記憶を失ったのは高校1年生になったばかりの頃なんだから、さらに一年後に出会うカガハルと篠原はともかく最初から科学部にいた残りの二人は、葵が接するのを嫌がっているクラスメイトたちと同じようなものなのではないか。なんで同じような時期に出会ったクラスメイトたちはダメで、科学部にいる二人や先生は大丈夫なんだろう。葵が科学部にそこまで依存する理由が木野瀬のルートをやっただけではよくわからなかったが、他のルートではわかるんだろうか。

まあとにかく、科学部は葵にとって大事な場所で「今の自分」でいられる場所なのだ。
しかし、その科学部は1学期最後の7月29日をもって廃部が決定している。顧問の講師である浅浪が他の学校に正職員として採用され、土岐島高校を去ることが決まったからだ。
こんな時期に?とか、他に顧問を引き受けてくれそうな人はいなかったのか?とか、いちいち細かく突っ込んでいたらきりがないが、ともあれ、心の拠り所である科学部廃部は葵にとって大事件である(まあ、傍から見たら部長以外はほぼ部室でダベってるだけなので廃部もやむなしだろうな、とは思う)。
葵は「この部が無くなってしまう明日なんか来なければいいのに」と密かに願う。エンディングを見た今、この時おそらく同じように木野瀬も思っていたのだろうと思うが、この時点ではまだ何もわからない。
科学部の活動ラストにツリーを見に行こうぜ!ということになり、メンバー全員で夜にツリーのところまで行くと、ツリーから「歌」が響き始める。
その「歌」についても謎で、結局木野瀬ルートでは解き明かされていない。
その夜を名残惜しく過ごした葵だが、朝起きるとなぜか日付は7月29日のままだった。不思議に思ってそれから一日過ごし、さらに一日。どうやら自分は7月29日を何度も繰り返しているらしいと気づく。
また、記憶を持ち越しながらループしているのは葵だけではない。他の科学部メンバーも同じように7月29日を延々ループしていたのだ。不可思議な現象に最初は怯えていた葵だが、次第に「明日が来なければ科学部はなくならない!しかも大好きな科学部の仲間もループしていているなら大ハッピー!ヒャッハー!」という気分に。
この時点でループの原因を探そうと頑張っているのは部長だけで、葵を筆頭に他は特に真剣にループを止めようと努力している気配がない。解明したいという明確な意思を見せているのは部長だけで、他は部長の仮説に「やれやれ付き合ってやるか…」という態度で臨む。
お、お前ら〜〜!!
部長に謝れ!!
葵はとにかく、お気に入りに囲まれたこのモラトリアムから出たくない。ただ、メンバーに面と向かって「ループ最高だしこのままでいいじゃん」とは言わない。言ったら軽蔑されるかもしれないとわかっているからだ。このへんも含めて、葵はこっちがイライラするほど、科学部(自分の好きなフィールド)の存続と自分のことしか考えていない。しかしちゃんとその自覚があるところは好ましい。
葵はこのままじゃ駄目だとわかっているけどここから出たくない、でも出たくないと思っていることは知られたくないからループの原因を解明しようという提案には一応乗っかる、そういう事の全てがずるいし己が弱いという自覚があるのだ。一人称のノベルゲームということもあるが、これたけプレイヤーに自分の負の面をさらけ出してきたヒロインは初めてだ。

木野瀬とは同学年ということもあり、ゲーム開始直後からわりと仲がいい。
特に苦労することなくすんなり好かれて、すんなり仲が深まる。ここで、部長がループの解明のためこの二人に「恋人として振舞え」と指令を寄越す。
あとから考えると、これは部長なりに木野瀬の悩みを慮った結果の行動なのかもしれない。
夏空には、この「あとから考えると」というシーンがとても多いので、エンディング後に最初に戻ったときにハッとすることが多い(木野瀬のがコーヒーメーカー使うシーンとか)。
恋人のフリをする前からすでにお互いを意識している木野瀬と葵なので、部長からの指令で一緒に帰宅したりデートしたりと高校生らしい甘酸っぱいイベントが続く。
「お互いに意識しているがまだ告白はされていない状態」というのは、恋愛において一番楽しい時期だ。葵も多分そう思っていて、文章からウキウキ感が伝わってくる。しかし丁度そのあたりから、木野瀬が葵の行動に対して「もしかして思い出したのか?」みたいな、ちょいちょい気になるセリフをこぼし始める。
こちらは葵が記憶を失っていることを知っているだけに「不穏」の一言。記憶を失う前の葵を木野瀬が知っているという確信と、葵の浮かれぶりの落差から来る不穏だ。
そしてやっぱりそれは起きる。
これまで部長の指令に諾々と従ってきた木野瀬なのに、過去と現在と未来について話せという指令には大反発するのだ。その尋常でない様子に、葵は粘って木野瀬から話を聞き出す。
それによると、木野瀬には大好きな女の子がいて、今も彼女を忘れられないという話だった。プレイヤーの大多数がそこで気づいたと思うが、実はその女の子こそ記憶を失う前の葵。
葵は、両想い間近と思われていた木野瀬のカミングアウトにショックを受ける。記憶を失う前も後もどっちも同じ葵なんだからええやないか、要はどっちの葵のことも木野瀬は好きなんやろ、とはならない。事がそう単純ではないのは、葵が過去の自分を懐かしがる人間、過去の自分を求める人間に反発して過ごしているからだ。
葵の認識では科学部のメンバーだけは「今の自分」しか知らず「今の自分」だけを見てくれているはずだった。なのに、好きな男がまさか自分ではなく「記憶を失う前の葵」を見ていたとは。木野瀬が時折懐かしそうにするわけも、遠くを見るような目も全部自分ではない人間を見ていたのか、謎はすべて解けた!と葵はショックを受ける。
葵がそれでも自分は木野瀬が好きだと気づくあたりはかなり良かった。他の女がライバルならともかく、過去の自分がライバルなら戦わない道理がない。
しかし、木野瀬にはもう一つ葵に言えない過去があったのだ。

一年前に葵はツリーの前で気絶し、目覚めたら記憶を失っていた。なぜツリーの前にいたのか、そこで何が起こったのかというのがストーリー共通の謎の一つなのだが、「なぜそこに?」と言う部分だけは木野瀬の話からわかる。
中3のときに葵に一目惚れした木野瀬は葵に告白して玉砕するも、友達からスタートして見事両想いにまで持っていく。お互いに好きであることはなんとなくわかっていたが、木野瀬はきちんともう一度告白しようとツリーの前に葵を呼び出したのだ。
すると、タイミング悪くツリーが発光、おそらくそれが原因で葵は記憶を失う。目を覚ました葵は木野瀬の事を覚えていなかった。
過去の人間関係は葵の負担になると聞かされた木野瀬は、高校に復帰した葵と初対面のフリをして過ごしていた、という話である。
怒涛の告白に葵も私も混乱したが、とにかく木野瀬は葵の記憶喪失の原因がツリーにあるなら、それはそこに呼び出した自分のせいだと思っている。自分自身の行動が自分から愛する「葵」を奪い、葵を苦しめたと思っている。だから、自分の罪悪感に向き合わなくて済むループは、木野瀬にとってもまた心地良かったのだ。ループから出て科学部が消滅してしまったら、今のように自然に葵を見守ることは難しくなるし、葵のためにもループはあったほうがいいのではないかと思っていたようだ。
葵は「気にしないで」「それでも好き」と慰めたり告白したり木野瀬の罪悪感を解こうと必死に頑張る。あれだけ「明日なんか来なきゃいいのに」とモラトリアム極まったことしか言わなかった葵が、自ら先に進もうと木野瀬を説得するのだ。
そこから、共にループを抜けて先に進む決心をした葵と木野瀬は固くハグ。吹っ切れた後は、部員の目を盗んでキスするなど、シリアス部分含めてとにかく甘酸っぱくて青春の香りが漂った木野瀬ルートだった。

ただ、木野瀬が「お前が記憶を失ったのは俺のせいだ」と罪悪感を持つ事自体が、すでに葵の感情とは微妙にズレている事が気になった。
葵は記憶を失った事に対して苦しんでいるというよりは、記憶を失う前の自分と今の自分とを比べられることに苦しんでいるからだ。「どうして私は記憶を失ってしまったの?記憶を戻したい」ではなく「どうして今の私を見てくれないの?過去じゃなくて今の私を見て」と思っているので、「記憶を失わせてごめん!」という木野瀬の罪悪感と謝罪は微妙に的外れなのである。「木野瀬くんのせいじゃないよ」という葵のセリフは木野瀬を気遣って出た言葉というより、葵の本音だろうと思う。葵は記憶云々よりも、ずっと木野瀬に対して「今の私より過去の私が好きなのかよ」と気にしている。
だから私は、木野瀬に告白からハグのシーンで「俺は記憶を失う前のお前が好きだったけど、今のお前にまた恋した。俺が今好きなのは目の前にいる「葵」だ。何度でもお前に恋する」みたいな事を言ってほしかった。
ゲーム内の「今も昔も関係ない」だけではちょっと弱い。
「過去も今もどっちの葵も好きだけど、今の葵の方が好きだ!」とはっきり言ってくれないと、葵の性格からいって延々気にしそうだ。付き合ったあと、ぼんやり今日の晩飯のことを考えている木野瀬を見ても「昔の私の事、考えてるのかな…」とか勝手に誤解しつ悩みそう。
木野瀬ルートは「記憶を失う前の自分と失った後の自分は同一なのか」という激重テーマが織り込まれているだけに、付き合った後はもっとちゃんと話し合った方がいい。でないと別れる。危ねえ。
明日に向かって二人で進んでいくシナリオのはずが、ついそう思ってしまったので、告白シーンにもうひと押しが欲しかったところだ。

あと、めちゃくちゃ残念なのは木野瀬のキャラデザだ。
コワモテという設定なのに全然怖い顔じゃないのだ。「こう見えてヤクザじゃない」「こんな顔だけどいいやつ」「子どもに怯えられる」などなど、ゲーム内でむちゃくちゃに言われている木野瀬だが、彼のキャラデザを見たやつは10人中9人が「…どこが?」と思うだろう。
いや9人どころか全員がそう思うかもしれない。
このキャラデザでは木野瀬は普通にかっこいい爽やかスポーツマンなので、怖い顔して意外とこいつ…みたいなコメディ寄りのイベントがことごとくスベっている。
ギャップを狙っているのに、全くギャップを感じないという悲しさ。
また、ヒロインとの「お前は俺が怖くないんだな」的なやり取りも「そりゃ怖くねえよ」としか思えないのだ。
これはあまりにも勿体ない。もっと怖い面構えにするか、「コワモテ」ではなく「仏頂面」「不機嫌そう」くらいの形容詞で留めておくべきだったと思う。
せめて、ときメモGS3の桜井琥一やコルダ3の火積くらいにしないと「怖そう」にはならない。
ROOKIESかクローズあたりを読んで出直してこいと言いたくなる。

そしてこのゲームにはたくさんの謎が散りばめられていて、それを考えていく楽しみもある。ちょっと思いつくだけでも、

ツリーとはなんなのか。(歌や発光について、出現理由やその材質など)
どうして葵は記憶を失ったのか。
ループが起きたのはなぜか。またなぜ科学部メンバーだけがループ中の記憶を保持できるのか。
部長やたらと詳しいよね。
綿森は何者なのか。

などの謎が挙げられる。
木野瀬ルートで明らかになった事といえば、葵が記憶を失ったのは彼に呼び出されたタイミングでツリーが発光したからという部分だけだ。発光に記憶を失う作用があるのかとか、そのへんは全部わからないままだ。
謎を楽しみながら次はカガハルにいこうと思う。

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