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捨てたい! けどぐっと我慢をした甲斐あり

コンマリ様の域には到底及ばないが、整理整頓するのが好きだ。だってちっさいアパートに住んでるし、結構こまめにかたずけないとクローゼットの中とか、何があったかわからんようになるし、下の段になるとネコの毛と埃がフワフワと舞うし。

自分の洋服のクローゼットや息子ちゃんのタンスの中はもちろん、その他共有の場にあるものなども結構独断で整理して処理するものも多い。ただ、主人のもの、特に彼が以前授業に使った本だの教科書だのは手を付けないでいる。自分の教科書とか読み終わって、もう2度と読み返すことないよな、と思う本は結構図書館に寄付したりするけど。教科書なんかはクラスが終わって2年以内に一度も開くことが無ければ、今後も多分開くことないし、何か、あれどうだったかしら?と思っても多分インターネットで検索したら出てくるしな、と思うから。

以前、本棚を整理していて、主人の本がやたら場所を取ることにイラっときて、あのさ、ここにずらーって並んでる本さ、また読むことってあんの?と聞いたことがある。聞いたのは建前で、本音は、この本達、最後に読んだのいつよ?もう数年前でしょ。場所取るからさ、処分させてよ。

返事は予想通りだった。

いや、リファレンスとして取っておきたいし、それにたまに見るんだよね。

たまにっていつやねん?!?!?! プシーーーーッ て頭から蒸気が噴き出す音が聞こえた気がしたが、まあそういうならここはぐっと我慢で手を付けないでおこう。と自分に言い聞かせた。

こういう時に幾度も蘇るのが母の言葉で、父が退職して仕事場からドドドっと大量の資料だの本だのをうちにもって帰ってきて、二階の両親の部屋に入れた時は床が抜けるかと思うほどの量だったこと。それでこんなに大量にあるからちょっとぐらい捨ててもわからんやろう、と捨てたものに限って、「あの本(資料)が見つかれへんねんけど、捨てた?」と父に聞かれるたびに、「そんなん知らんわ」ととぼけるが、内心、なんで捨てたやつに限っているわけ?不思議やわ。と思うという話。帰省してる時にもそのやり取りを何度か目にしたことがある。

その場面を反芻してみて、両親はそれでうまくやってるけど、私が勝手に主人の本を捨てていたら、そしてそれが数年後に発覚したら。あれぇ、あの本ここに入れといたはずやのに。。。とか言われてら、速攻私が捨てたってのばれるし、すまんね、捨てちゃったよ、と言おうが、知らんよ、ととぼけようが、いるから捨てるなって言ったのになんで捨てるの?と聞かれて、そして、数年触ることもなかった本を捨てて場所を作って何が悪いねん!となって険悪なムードになるだろうな、と容易に想像できた。私らはまだまだ人間性が熟成していないのだ。そんな域に達せるまでは彼の本は処分しないほうが穏便だろう。

最近栄養学の勉強を始めた主人。人が食べ物を選ぶ際に、どういった外的要因や個人的嗜好が食べ物を選ぶ、という行動に影響するか、なんていうことも勉強していて、それには彼の今までの仕事の経歴である行動学の知識が役に立っているらしい。

そして。。。なんだい、最近よくここのクローゼットに潜り込んでいるね、と思ったら、そこには彼の昔の行動学の教科書が並んでいる本棚が置いてあるのだった。そのクローゼットは他に掃除機、ミシン、キャンプ道具なんかも置いてあって、少し前までは息子ちゃんの秘密の隠れ家だった。だから主人が入っていくのを見て、何の用があるんかしら?と首をかしげていたんだけど。

改めて確かめてみたら、本棚から本を抜き出した後が。

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捨てなくてよかった。


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