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ホテルの部屋のジャズチャンネルを聴くのが好きな話

わたしがものすごく好きなのが、ホテルで部屋についてる据え付けの音楽チャンネルでジャズを聴くことだ。だいたい当たり障りのないモダン・ジャズとか、ゆるいテンションのビッグバンドで有名な曲が演奏されているやつ。

わたしはクラシックとかジャズの人みたいに「おっこの演奏は誰々が何年のどこでなんとかとやったライブだな」というのは全然わからない。でもジャズというのはまあなんか聴いていると心地がいい音楽である。わたしはとくにビッグバンドが好きで、聴いているとものすごくリラックスする。といってもグレン・ミラーとかデューク・エリントンぐらいになるとさすがにレイドバックしすぎてて性に合わず、ラース・ヤンソンみたいなモダンで音がきれいなのがわたしの好み。

ビッグバンドの音楽が好きなのは、その音楽のどこにも敵意が感じられないからだ。映画「セッション」で見たみたいに、裏にどれだけどろどろとした悪意や敵意があっても、それが音になった瞬間にその悪意は揮発してなくなってしまう。飛び抜けた狂気やパーソナルな内省が無いかわりに、そこにあるのは「平和」と「調和」。ビッグバンドの音楽は自然から摘み取られ、人の手でなめされ人工的に整えられた、人間の理性で作られている。北欧のデザイナーズ家具のように、有機的なフォルムをした、鉄とプラスチックのひんやりしたかたまり。

ホテルの部屋でお風呂に入って清潔な寝間着に着替え、清潔な部屋で柔らかい光りに包まれるときにはそうした人の手でこねられた音楽がほんとうにぴったりだ。お酒かなんかを飲んでぼんやりしながらそういうのを聴いていると、ああいまわたしは人類が生み出した最高の叡智のなかにいるのだと思う。ラウンジとかバーとかじゃなくて、あくまで部屋で、夜中に、ひっそりとその音に包まれるのがいい。

ホテル据え付けの音楽チャンネルはだんだん絶滅の一途をたどり、わりといいとこのホテルでないとその楽しみは味わえなくなっているのが残念だ。ああいうチャンネルは単に有線を引いているのかどうかもよくわからないし、自宅に有線を引けば済む話かというとそうもいかない。なので、たまにあるそういう贅沢をいざというときの楽しみに取っておこうと思う。


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