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Timing~タイミング~ / BLACK BISCUITS

「先生、原稿いかがですか」

「もう無理。全然無理。びっくりするほどやる気が出ない。これに関わる全てに全く興味がない。ファイルを開くと一瞬で眠くなるんだ。アフリカの眠り蜂に刺されたみたいにね。アフリカには刺されると5年間眠り続けてしまう、協力な毒を持った蜂がいるんだって。昔むかし、美しい女王さまがこの蜂に刺されてしまってね。王様の命令で、たくさんの人が解毒薬を探しに海を越え山を越え大冒険をした。その人たちがアメリカに持ち込んだのがルイボスティーだ。いまでは意識が高い、LAのセレブたちがこぞって飲んでいるよ。まあ全部嘘だけど」

「そんなつまんない嘘はいいから、とにかく早く書いてください」

「書こうという気持ちはあるんだよ。だからいまこうやって、めちゃくちゃ天気がいい土曜日の昼間から暗い部屋でパソコンに向かってるんじゃないか。なんでなんだ。海に行きたいよ。海でカクテル飲みたい」

「書いたら海にだって山にだって行けますよ」

「やらなくちゃいけないことはわかってる。しかし情報が複雑すぎるうえに、あまりにも興味がなさすぎる。5文字書くだけで精一杯だ。5文字書いたらご褒美にYouTubeでブラックビスケッツの『タイミング』を聞くんだ。iTunesで売ってないから。そうするとまた文字を書く勇気が湧いてくる。これは本当にいい曲だね。1999年発表、200万枚のミリオンヒットだ。聴いてくれよこの中西圭三・小西貴雄による90年代ハウスのシンコペーションするベースを。最高だ。「空気を読まない人」を許容する、寛容な世界観の歌詞もいい。そして何より、みんなの声がいいんだよ。ビビアン・スー、ナンチャン、キャイ~ンの天野、みんなの声がすんなりしててすごくいいんだ。いるべき場所にいて、ただ声を出している。素直な声だ。そういう声ってすごく聴いていて気持ちがいい。ポケットビスケッツは、今聴くと千明の声が下手な上に自意識過剰という悲しいコンボでつらくなってくる。下手なのはいい。自意識過剰なのもいい。でもその2つが合わさると本当にダメだ。当時は聞けたけど、いまはもう全然聞けないんだよな。千明さんは賢くてかわいらしい素晴らしい女性だけど。まあ、90年代ってそういう時代だったからな。」

「90年代JPOPの珠玉をディグってる場合じゃないんですよ。終わったらやってください。どうしてそんなにやりたくないんですか」

「やりたくないわけじゃないんだ。やろうとは思ってる。興味がないわけでもないんだけど、とにかく筆が動かない。バグかもしれない。パソコンのバグじゃないかな?ちょっとApple Storeに行ったほうがいいかも」

「やるきが出ないバグなんかないですよ。先週はやるぞって言ってホテルまで取ったのに、結局チェックインからチェックアウトまで20時間ぐらい寝てたじゃないですか」

「そうだな..あれは家で寝てるべきだった。やらなくちゃいけないことはわかってるんだ。でも向かい合うと、逃げたくなって仕方がない。もうほんとに嫌なんだよ、やりたくない。無理無理無理無理絶対無理。正直すべてを投げ捨てて逃げたい。これ、逃げたらどうなるんだろうなあ」

「やめてください。どうにもなりませんよ。こんなこと言ってる間にちょっとでも書いたらどうなんですか。」

「やるよ。いま17分だから、30分になったらやる」

「そういってもう2時間ぐらい経ってますよ。ほんとに終わらないと何もできないので終わらせてください」

「ああ..............どうしてこんな仕事を引き受けてしまったのか...なんで.....なんでだっけ...」

「自分で引き受けたんですよ。できるって言ったじゃないですか」

「まあ言ったけど...こんなことになるとは...『なんでこんな仕事を引き受けてしまったのかと悩み苦しむ奇病にかかった』って言って断っておいてくれない?」

「もう無理です。とにかくやってください。」

「はいはい...」


「ブラビは後にしてください」

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