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たった一人のためにルールを変えること

Twitterで素敵な話をみかけた。

ホームに電車が入ってくると、日本では「白線の内側までお下がりください」みたいなアナウンスが流れるが、ロンドンの地下鉄では「Mind the Gap(溝に気をつけて)」というアナウンスが流れる。

これ↓

おじさんの声で「Mind the Gap」とだけ告げるこのアナウンスはノーザン・ラインという路線で40年にも渡って使われ、ロンドン市民に親しまれてきたのだが、2012年ぐらいにシステム自体がデジタル化されて、このおじさんの声はなくなり、女性も含むいろいろな人の声でアナウンスされるようになった。

■ある女性が新アナウンスの声に猛抗議した

2012年のクリスマスのちょっと前、「エンバークメント駅(中心部の駅)」の駅員に、ある女性がものすごく怒りながら話しかけてきた。彼女は繰り返し言った。

「あの声はどこに行ったの?」

駅員は、なんのことだかわからなかった。

「声?」

「Mind the Gapよ、あの声はどこに行ったの?」

そう聞いて駅員は答えた。

「安心してください、アナウンスはきちんと行われていますよ。アップデートしたんです。新しいシステムに、多様な声を入れて」

それで駅員は、彼女が納得すると思った。だが違った。

「あの声はね、」

「私の夫なの」


彼女の名はマーガレット・マッカラム。彼女は医師で、「Mind the Gap」のアナウンスは彼女の夫であり俳優のオズワルド・ローレンスのものなのだと言った。オズワルドは生涯有名になることはなかったが、1968年にノーザン・ラインのアナウンスをレコーディングし、それが40年以上にもわたり使われ、ロンドン市民はそれを知らず聞き続けていたのだ。

オズワルド・ローレンスは、彼女を残して80歳で亡くなった。夫の死後、マーガレットは夫の声を聞くために通勤時に駅のベンチに座ってもう今では聴くことができない夫の声に耳を傾けていた。毎日、毎日、彼女は駅に通い続け、夫の声を聞き続けた。

夫の声を聞くマーガレットさん

だが、夫の声は突然「消えた」。ダンディな声で「Mind the Gap」(Pleaseがない)とぶっきらぼうに言うのはちょっと時代遅れになってしまい、多様な声が「Please mind the gap between the train and the platform」、つまり「列車とプラットフォームの溝にお気をつけください」と丁寧に言うアナウンスに差し替えられたのだ。それは仕方のないことだろう。時代の流れというやつだ。既にデジタルシステムは全ての駅で使われており、彼女の夫の声はロンドンから消えてしまっていた。1968年に録音された声なので、デジタルデータも残っていない。

だが、彼女の話に胸を打たれたロンドン地下鉄の対応は神だった。まず、彼女の夫の声が地下鉄から消えたことを謝罪した。そしてもし夫の声が残っていれば、コピーして彼女に渡すと伝えたのだ。

その後、ロンドン地下鉄は古いテープを見つけ出し、リストアした。40年前の録音をデジタル化するには多くの手間がかかったが、なんとかやりとげた。そしてその声が収録されたCDをマーガレットに手渡した。

話はここで終わらない。

ロンドン地下鉄は、エンバークメント駅でだけ、オズワルド・ローレンスがダンディな声でアナウンスする、Please抜きのオリジナル「Mind the Gap」をこれからも使うと言った。

そして2019年になった今も、ノーザン・ラインのエンバークメント駅の北行きプラットフォームにいると、列車とともにオズワルド・ローレンスの「Mind the Gap」を聴くことができる。

ロンドン地下鉄は、たった一人の女性のためにルールを変えた。しかし彼らの行動はその女性を救っただけでなく、こうして海の向こうにいるわたしたちにも暖かい気持ちをくれる。そうして誰かのためにした思いやりと行動が、まるでバタフライ効果のように世界を良い方向に変えていってくれることを私は信じている。

ハッピー・ホリデーズ


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