犬、猫、鳥、スピリチュアル度が高いのは?
動物の霊性について、
この件には昔から一家言ありまして。
わたしは犬も猫も鳥も飼ったことがあるのですが、人に対する反応が何か違うなと感じていました。
もちろん、個々の性格や哺乳類と鳥類の生物学的違いがあるので、人との関わり合い方が違うのは当然です。
が、それよりも興味があったのは、彼らの持つ超感覚でした。
例えば、わたしが帰宅した時の反応。
飼っていたのはあまり愛想の良くない柴犬。
当時公団の団地の5階に住んでいて(モグリで犬飼ってました)、玄関のドアを開けると彼女が口に雑巾くわえて笑って待っていました。
普段が無愛想なので、お出迎えの笑顔にはでへっとなりますね。
母の証言によると、階段を上がってくる足音が聞こえるらしく、玄関に行ってスタンバってるそうです。
時間的に、どうやら1階から聞こえてるようです。
さすがの聴覚です。
猫はと言うと。
室内に入ってただいまと声をかけるまで知らん顔。
オスの猫は「にゃあ」と返事はしてくれますが、メスは無視。
叔父の家の猫たちは、車の音で玄関に集まって待っていたので、猫の性格によるところも大きいですね。
そして、鳥。
当時の団地は駅から5分と近かったのですが、
電車が着いた時間から鳥たちはざわざわし始めていたそうです。
(母の証言)
時々、開け放った窓からコバタンのコンちゃんの絶叫が駅からの帰り道で聞こえてきましたから、驚きです。これは聴覚よりも超感覚でしょう。
また別の例で、わたしが激しく落ち込んだ時の反応。
犬は、たとえ無愛想な性格でも、ちゃんとそばに来て顔を見上げて心配をしてくれます。
泣くと涙を舐めたりもします。
癒そうとする意識が高い動物ですね。
猫はチラ見。
抱きしめようものなら、ぬるりと逃げ出します。
かと言って遠くへ行くわけでもなく、ひっくり返ってこちらを見ていたりします。
鳥。
種類によって反応が違うのですが、全般に人の感情に同調します。
特に大型の鳥は、すぐさまやって来て肩に乗り、顔を覗き込み、そしてそばから離れません。
遊んでいてもオモチャを放り出して来てくれます。
とても敏感です。
大型の鳥はこんな時に抱きしめると、大人しくしています。
小さい鳥たちも寄り添ってくれてじっとしています。
家に心を病んだお客さんが来た時も、肩に乗って顔を覗きこんだりするので、
密かに「ああ、この人は何か深い悩みがあるのね」などと上から目線で納得してました。
鳥好きで、上手に鳥を飼ってる人も、スピリチュアル的に発達してる方が多いですね。
犬猫と違って、態度や表情で感覚感情を訴えるのが苦手(というか地味?)な鳥の状態を正確にキャッチするには、人の方も超感覚が発達していないとならないからです。
しかも鳥類は具合の悪さを隠すので、余計に分かりづらい。
捕食される立場では弱ったとこを見せたら終わりですから。
よく「気づいたら死んじゃってた」というパターンが多いのはこのためです。
普通〜鈍感な方が鳥を飼うと、こうなります。
そして、極めつけが(大げさ)、
テレパシー。
野生に放鳥した鳥でも、心の中で呼ぶと戻ってきます。
SOSの発信もテレパシーで送ってきます。
柴犬は呼んでもどっか行っちゃいます(爆)
猫はにゃあにゃあ言いながら来て、尻をさすってくだされーと言います。
うちの猫だけかもしれないけど。
そんな感じで、敏感さ、繊細さ、共感力、超感覚から見て、鳥はかなりスピリチュアル度高いです。(あくまでも当社比)
これをお読みのあなたはいかがでしょう。
犬、猫、鳥、スピリチュアル度が高いのは誰だと思いますか?
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余談ですが、
シータヒーリングでは「アニマルセミナー」というのがあって、動物に対するヒーリングやリーディング、コミュニケーションを学ぶクラスがあります。
そこでは犬猫は、人の思考を聞く知覚が鋭いと教わります。
また、猫は非常に神秘的で、猫の中にはスピリチュアルなエネルギーを持ち、人の生きる道を導く役割を持っている子もいます。(普通の猫もいます)
特に、飼い主が人のヒーリングをするときにエネルギーを拡張する役割をしてくれます。
ヒーラーさんが猫を飼っている率が高いのはこのためでしょうね。
うちにいた猫たちは、神秘的な雰囲気は皆無でひたすら笑いのネタを提供してくれていましたからお笑い系です。
他の種で神秘的な動物はというと
オオカミ、カラス、レイブン、そしてほとんどの猛禽類です。
動物の霊性について深く知り始めると、人間としてどのように彼らと関わっていくべきか考えさせられます。
ずっと昔から野鳥の保護とリハビリをやってきて(特にフクロウ専門でした)、このアニマルクラスを受けた時に、フクロウとのスピリチュアルな体験が多かったことに納得しました。
今はカラスが2羽いて、彼らもまたスピリチュアルな学びを与えてくれています。
子供の頃から鳥との関わりでたくさん悲しい思いをしてきたことも、決して無駄ではなく、今となっては仕事にも欠かせない感覚を育むことにつながっていたんですね。
人生って、うまくできてます。