私の望んだ幸せ

私は自分の住む世界を自分の思い通りにしたかった。それはただの我儘。
わかってる。そんなことは出来るハズない。
だから私は夢の中に私の世界を作り出す。
そこでなら私の望みはなんでも叶う。

いつもいつも朝が来るのが嫌いだった。
朝になれば夢の世界から其処へ帰らなくちゃならないから。
私の居場所は其処じゃないのに。
どうして朝が来るんだろう?
其処はいらない。
こんな現実、消えてなくなればいいのに。
願う。消えてなくなれ。
私のいらないこの世界。
叶うことなんてないと思っていたから。

朝だ。
起きなくちゃ。
さてと……
『じゃあね!いってきます!』
私はいつもと同じように
翔に向かって言った。
『ん。いってらっしゃい♪早く帰って来てね』
翔はよく通る声でにこやかに見送ってくれる。
大好きな翔。私だけの翔。
ここでは……。

「おはよう♪」
娘の声……。
「おはよ。朝ごはん食べたの?」
「うん。ちゃんと食べたよ。」
「そう。いってらっしゃい。」
「いってきま~す♪」
娘は元気よく玄関を出て行く。
後ろ姿……。
大きくなったなぁ。
来年は中学か。
母一人子一人。
母子家庭。
私は体が弱くて働けない。
だからこそ余計にこの世界が嫌になる。

ふと思い出す。
そうだ!今日は翔のイベントがある日だった。
少しだけ気分が良くなる。
この世界の翔はアーティスト。
まだ駆け出しで距離感は近いけど……
でも私の事をわかってくれてるのかは
はっきりしない。
出来るだけイベントには参加する。
少しでも覚えて欲しいから。
こないだのイベントでは
あのよく通る声で私の名前を
呼ぶものだからほんとにビックリした。
覚えてくれたのかな?と期待してしまう。

でも……
期待は外れた。今日のイベントでは
私の事を覚えてないと言ってきた。
なんのつもりだろ?
ほんとはちゃんと覚えてくれてるハズなのに。
……眠くなってきちゃった。
いつもそう。嫌なことから逃げる為に眠る。
眠れば私だけの大好きな翔が傍にいるから。

『おかえり♪』
翔が抱きついてくる。
『たっ、ただいま』
『えへへ』
『なに?どうしたの?』
『いつもより早く帰って来てくれたから
 嬉しくて♪』
翔は私の欲しい言葉をちゃんとくれる。
『あのさ……ずっと此処にいなよ』
『えっ?』
『もう行かなくていいよ』
『……』
『ずっと俺と一緒にいようよ』
『でも……娘が……』
『じゃあ、もう此処に来ないでいい』
『なっ!』
『帰って来なくていいよ』
翔が怒ってる?どうして?
『此処が君の居るべき場所なんだよ?』
『なにを言ってるの?翔』
『君はいつもどこに行くの?
 辛そうな顔して……』
『それは……』
『此処に居れば笑っていられるのに』
確かに翔の言う通りだ。
『もうどこにも行かないで!
 俺と一緒に此処で生きていこう!』
まるでプロポーズ?のような台詞。
しかも真面目な表情。
きゅん♡としてしまう。
『お願いだからもう俺を一人にしないで』
抱き寄せられる……。
なにも考えられない。

……。いつもなら目が覚める頃かな?
おかしいな?目が覚めない。
翔はスヤスヤと眠ってる。
此処には時計というものがない。
私がそう望んだから。
私は……もうずっと此処にいたいと望んだの?
朝が来ない。
……朝が来ないまま 
ずっと翔の腕の中にいる。
まるで時が止まったみたいに……。
……。
でも幸せだからいいや。
このままで。
私はもう此処で生きていく。
翔と二人で。
サヨウナラ。現実の私。
今とても幸せなの。

「お母さん……笑ってる……」
「きっと幸せな夢を見てるんでしょうね」
「幸せな夢?どんな?自分だけが幸せなの?
 私は?一人になっちゃったよ?
 いつ目覚めるかわからない!
 もう目覚めないかもしれない!
 なのに……。なんで?
 そんなに幸せそうに笑ってるの?」
咽び泣く娘。

私は幸せになれた。大好きな翔と二人で。
例え現実じゃなくても……。
例え誰かを不幸にしても……。
私はこれで幸せ。
ありがとう。

《おしまい》

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