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笹井宏之賞応募作「透明な傷あと」

「透明な傷あと」

気づいたら知らない場所に着いていた 短歌ってほらそういうとこがある

毎朝の間違いさがし ひとつでも合わないピースは脱ぎ捨てるあそび

靴下を引っぱって履くなにもかも正しい形にしなくちゃいけない

枯葉色に髪を染めてるあの子から別れ話をきく新学期

唇が重なるくらい構わない言葉でさわる魂の丸み

単縦な脳みそである やめるって言っても続く関係だった

離れても離れられない人でした宇宙に漂う屑へと変われ

少しずつ嘘をついてる毎日にバターのようにしあわせを塗る

手のひらに収まる世界 魂の半分くらいデジタル化して

猫型のロボットであれ 何度でもどうしたのって隣にすわる

パチパチと拍手のようになるキーで有給休暇の申請をする

くるみ割り人形みたいに棒立ちのままで見送る最終列車

さびしさを抱えたままで眠るとき明日のことは含まれてない

包丁の銀のかがやくキッチンにあなたの匂いは一つもしない

かにぱんをかじって海を思い出す脚を尾びれに戻せない朝

見切り品のシールが欲しい誰からも期待されずに珈琲を飲む

泣いたって変わらないこと 帰り道、靴下の穴、おかえり、のない部屋

身ぐるみを剥がして裸にしてしまうペットボトルの来世を思う

太陽の形をしてる観覧車 一部になって神さまごっこ

手のひらをくすぐってくる秋風は太陽の尾を引っ張ってきて

何度目の初恋でしょう 沈黙のなかで隠したチョコレートの箱

はみ出した口紅を拭いてあげること境界線を滲ませる指

しゅわしゅわとエメラルド海沈んでく白い孤島をすくって食べる

神さまのように佇むペンギンはカメラ目線で写真にうつる

傷だらけの壁を見つめるシロクマは知らないうちに北を向いてる

食事して眠って起きてを繰り返し褒めてもらえるアイドルパンダ

歓声のなかで尾びれで水しぶき イルカは何度も壁にぶつかる

白浜の海に飛び込むアドベンチャーワールドを越えてこないアザラシ

こだまする帰ろう、の声 わたしたちはすぐに死にたいとか口にする

荒ぽっいノックの音があなたみたい思い出します二十一号

もう誰も死なせはしない 全沿線電車もストの夢を見ている

正しさの呼吸に耳をひそめても捕まえられない正しい形

雨の中あなたの肩が濡れること大きな傘を新しく買う

放課後に呼び止められることもなくリュックをあやす帰りの電車

誰ひとり手を合わせない遅延中小学生が線路を見つめる

誰にでもあることですよ先生の言葉で胸が痛みだすのは

難しい顔をしながら口ずさむあなたの好きな異国のバンド

午前二時 獣になった人たちはタイムラインで叫び続ける

真夜中のATMだけ威張っていいさびしさばかり吐き出している

暑い中お疲れ様です。交代の時期です。どうぞ、秋雨前線

百円のジュースで敬語を使われて値札がついた今日は記念日

缶ビール片手に歩く華金に泣けない代わりに川を眺める

好き、ばかり伝えてしまう 一線をこえてもわたしに傾く天秤

くさいってタバコが嫌いな人だからいつもミンティアと散歩している

飴色の眼鏡をかける甘くない世界を見つめるひとみが欲しい

すれ違い通信中のわたしたち 受信できずに丸まる背中

かんたんにあいしてるって囁かれ百円貯金にお金をいれる

ひとつひとつ口へと運ぶザクロの実 四季をあなたと巡るためには

透明な傷あとばかり増えていく霧雨みたいな世界の端で

新しい歌集が見せる形なき言葉をひろってはじめのはじめの第一歩


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