おおらかなスローガン
個人的な話でいうと
今の私自身、これといった趣味もないし、
なにか特定のモノに対して
ものすごくハマることがないタイプだ。
韓流アイドルの追っかけをする、とか
週末に必ず海に行く、など
わかりやすい趣味もない。
そんな自分を「つまらない人間だなあ」
と思うこと自体にも、
最近では慣れてきた感すらある。
とはいえ、何かに対して熱狂的な思いを抱くことのない私にも、
ピンポイントにささって
繰り返し見た映画がある。
そのひとつが「スローガン」だ。
1968年に製作され、
セルジュ・ゲンスブールとジェーン・バーキンの出会いのきっかけとなったことでも知られる本作品。
監督はピエール・グランブラ、当時のフランスの広告・テレビ業界の立役者だ。
グランブラ監督の実の息子さんは、CyberJapanを手がけるミトミ・トコト氏。
本日の上映後には、非建築家でドラァククイーンでもあるヴィヴィアン佐藤氏と共にトコト氏が登壇するトークショーも行われていた。
本作のストーリーは「売れっ子アートディレクターと若い女優のW不倫」。
ヴェネチアで行われた映画祭で出会ったアートディレクター(妻子あり)と
婚約中のイギリス美女が、目と目で通じ合い、
やがて無言で色っぽい関係に。
不倫の深みにハマる女は、
「いますぐ来てくれなきゃ死んでやる」と
電話越しに泣き叫ぶメンヘラになり、
男は常に優柔不断でだらしなく、
しまいには束縛もするモラハラ感も漂う。
良くも悪くも浅はか、
激しくも未熟な恋である。
しかしそんな恋愛が
ここまで悪びれずに描かれたのは、
今よりも恋や男女の仲に対して、
寛容な時代だったからではないか。
登壇したトコト氏は
「スローガンはお父さんの人生、そのまんま」と語り、この時代の社交界では
不倫相手の女性を
「うちの家庭を壊した少女です」
などと紹介することは日常茶飯事だとか。
そして撮影現場では、
ゲンスブールとバーキンを接近させるべく、
監督が3人での打ち合わせを故意に
ドタキャンして、彼らを二人きりにさせた、
というエピソードもあったそう。
わたしが最初に「スローガン」を見たのは、
きっと大学生のころだったはず。
近くのレンタルビデオ店で借りたVHSを
一人暮らしのマンションで見ていたのだと思う。
なによりも衝撃を受けたのは、
作品のビジュアルインパクト。
ジェンバーキンの圧倒的な可愛さは
まぎれもなく正義だった。
折れてしまいそうくらい細くて、
長い長い小鹿のような足。
豊かなまつげで縁取られたオリーブ色のアーモンドアイ。
子供の頃に遊んだリカちゃん人形を思い出す、
細くてすぐに絡まりそうな黄金色の髪の毛。
ぽってりと半開きになった形のよい唇。
泣いたかと思えば次の瞬間には笑い、
またすぐに不機嫌になる、
クルクルと変わる表情に目を奪われた。
そして冬の海を恋人たちが走り抜け、
ヴェニスやパリの街を
オープンカーやモーターボートを乗り回す
抜け感と疾走感は強烈だった。
すぐに愛し合い、すぐに怒り、
そして泣き、また愛に溺れる恋人たちは、
まさに「映画のような恋」だなと思ったし、
「正しさ」ばかりがその存在感を増して、
グレーな部分が限りなく漂白されようとする
今の時代では、
ここまでおおらかで奔放的で、
特に社会的な意義も生産性もない、
己の感情に実直なだけの恋は、
描けないのかもしれない。
この映画を初めて見た私は、
きっとジェーンバーキンが演じるエブリンとほぼ同い年だったはず。
当時は、画面の中の彼女を見ると、
自分の不安定な気分も
まるっと正当化されたように思えて、
「結婚10年になる妻は、
もう家族にしか思えない」
となどという非常にわかりやすい口説き文句に
ほだされるがまま、
旧山手通りのASOのテラスで
昼から白ワインを飲み、
ジタンの煙を浴びながら、
プジョーのクーペ・カブリオレで
レインボーブリッジを爆走した。
そんな振り返ったら死にたいほど
恥ずかしい恋愛で軽くヤケドを負ったのも
まあ今となっては悪くないと思う。
でも再び、この映画を見ている私は、
いま、ゲンスブール演じる中年男と同い年だ。
たとえカゴバックを持って、
白いTシャツにデニムを合わせたところで
ジェーンバーキンの佇まいは、
決して得られないことも知っているし、
恋の陶酔感の大きさは、
必ずしも愛の深さではないことを身を以て学んでいる。
今日のスローガンとの邂逅は、
かつてあこがれていたイケメンに
同窓会で再会した感じに近いのかもしれない。
今、もう一度出会い直した彼は、
当時の輝きとはまた別の色を帯びたていた。
60年代の酔狂への憧れと、
一抹のガッカリ感も認めながらも、
適正な距離を心得た。
その頃の熱い片思いが
20年近くかけて成仏して
この先も進んでいける手応え、
みたいなものを感じた。
そしてなにより
日々のスケジュールに追われていると
こういう「余白」みたいな時間ってできないので、
これからはどんどん自分の活動をする時間を増やしていこうとも思う。
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