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のんびりとした新年の名残がほんのりと降り注ぐ太陽の日差しに残る。


わたしは群馬県太田市から埼玉県熊谷市を一本約一時間で結ぶ路線バスの最後部座席の窓側によりかかり、歩道を闊歩する着飾った新成人達の振り袖姿を窓越しに見ていた。

上州のからっ風と言われる、冬場この北関東に吹き荒れる強風が、重厚そうな振り袖の裾から内側の白い生地を露わにし、スプレーで固くまとめた前髪がいとも簡単に後方に舞うようにして顔にぴったりと張り付いた白いマスクを際立たせる、それは上下の白が彼女らの身体を先導していくようでもあった。


熊谷市に着いた。


目的は藤井風のライブが行われる東京へ行くために群馬と東京の間である埼玉の熊谷市で本日十四時にインターネット上で発売される当日券を手に入れ、そのまま東京へ向かうためである

一三時に到着し、駅前にWi-Fiがあるスターバックスコーヒーを確認し、バスが到着した北口とは反対口の南口へと出て行き、地図アプリで確認した徒歩数分であろう河川敷へと向かう。


歩くこと五分、左手に体育館があり、前方に河川敷へと上がる階段があり、その階段の上には奥の広大な地を容易に予想できる真っ青な青空が大きく口を開けて待っているようであった。


「こんにちは~」


階段を上がりながら、左手に河川敷を示す大きな石碑があり、五,六人のおばあちゃん達がその石碑の裏側に座りながら談笑していた。

柔らかそうな手作りであろう色とりどりの布マスク越しに発する声に温もりを感じた。

一歩、二歩と階段を上がっていき、一〇段ほどの階段の頂上に達すると、目の前の視界が一気に開けた。


綺麗に整えられたラグビー場の芝生、ランニング、散歩を楽しむ人々、犬。


これぞ河川敷といった見事なるまでに完璧な河川敷で人混みもなく、雄大な自然に包まれるように、一面に広がる景色を見ながら、石の階段の隅に座り、日向ぼっこをしていた。


一三時半。


インターネット上での当日券発売まであと三〇分。


ダウンジャケットの両ポケットには二つのスマートフォン、新しいものと昔使っていたもの。

オンラインチケットページにて何度も別のアーティストでチケット購入のシミュレーションを行い、氏名、年齢、住所、クレジットカード番号の記載等を二つのスマートフォンに覚えさせ、タッチ一つで情報を入力できるように万全の準備を整えて臨む。


南口に戻り、スターバックスコーヒーでソイラテを注文し、一三時五〇分。


Twitterで藤井風スタッフページで案内されている当日券サイトへのリンクページを準備する片方のスマートフォン。

もう片方のスマートフォンは直接運営先のWebページから購入サイトへリンクするページを表示して待機。


一三時五七、五八、五九分。


高揚する気持ちと万全の準備をしてきた自分自身への確かな自信を両人差し指に込める。


一四時。


押す。画面が白くなる。しかし、まだ画面左上から右上に伸びる黒い棒が頑張って動こうとしている。

棒が伸びきる。開く。予想された氏名年齢住所ではなくメールアドレス。書く。押す。


「当日券予約受付枚数を終了しました。」


一四時二分。


思ってた以上の熱狂ぶりをスマートフォン越しに感じて、まだ諦めきれない気持ちを何度もページの更新ボタンに懸ける。

半分落ち着きつつある気持ちの方で片方のスマートフォンを使い、Twitter上で藤井風と調べる。


「クレジット記入までいったのに、、」

「二分で完売はワロタ」

「まさかの当日券ゲット。手が震える。」

「藤井風、当たった。きた。」


確かにそこにはわたしと同じように今日の一四時に懸けて、家事やらなんやらを終わらせて、集中する環境を整えていた人はたくさんいた。

目標は達成できずとも自分の内側から湧き出てくる熱に喜びを感じ、間違っていない感性に誇りを感じ、名も顔も知らないし知ろうともしない彼ら彼女らの意見を流し見しながらソイラテを飲み、余韻を感じる。


北口に戻る。


緊急事態宣言につき、大幅値下げを掲げていたカラオケ館に入る、だろう、とバスを降り、看板を発見した際には頭の片隅にあった。

一時間から二回延長して、計二時間歌う。



緊急事態宣言下で行われる東京でのライブの罪の香りに誘われて、調子にのっちゃって熊谷まで出てきて、河川敷でおばあちゃん達の醸し出す優しさに触れ、意気込んで当日券を狙うも、開始二分で売り切れて、何なんwもうええわ、死ぬのがええわって思ったけど、そんなこと言い始めてもキリがないから、熊谷とさよならべいべして、地元帰ろうってなって、夕方には予定も特にない状態で、ふらっと書店入ったら、風よ、そう、風の時代の本読みたかったんやって思い出して、見たら、うちの属性は水、土が多くて、これからの風の時代に全くそぐわんことわかって、家に帰ってきた次第。


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