タイトル未定シリーズ 第一話

タイトル未定シリーズ

第一話

出場人物
コーヴェス:男だけで構成される旅劇団「男体女色」(なんたいじょしょく)のリーダー。普段はオカマ。団員からはボスと呼ばれる。一人称はあたし/おれ。
オフィーリア:「男体女色」の女役のエース。わがままだが、天性の役者。酒癖が悪いという噂も。一人称はおれ。
ケンジ:「男体女色」の男役のエース。人当たりが紳士的で老若男女から好かれる美男子。団員の中で唯一コーヴェスを名前で呼ぶ人。一人称は私(わたし)。
イグアイン:「男体女色」の男役の二番手。甘えん坊で女たらしで、貴族の出身という噂がある。ケンジを尊重しているらしい、さんつけで呼ぶ。ほかの人には基本呼び捨て。一人称はおれ。
メーシア:「男体女色」の女役の二番手。舞台上では輝くが、舞台以外ではわりと地味。温和でお人好しな性格。ケンジとオフィーリアにはさんつけ、ほかは大体君つけ。一人称は僕。
シンジ:自称「物乞い」。「語り部のシンジ」と呼ばれることも。身なりが薄汚くて地味だが、飄々としていて、不思議なぐらいに人懐こい。よくどこかへ姿を消したり、また現れたりする。身元一切不詳。一人称はおいら。
モブキャラ
モーリス:「男体女色」の新人、一人称「僕」。
「男体女色」の団員3人
村人:男4人、女4人
子供:若干(最低3人)

~~~~~~~~

 晩春の夕方に近い時間帯に、風も涼しさを帯び始める。舞台上。

オフィーリア「あ~ウィリアム、あなたはなぜウィリアムなんでしょう」
イグアイン「あ~セリーナ、きみはなぜセリーナなんだろう」

 村。

村人男A「おい!‘カラー’が村の北西広場で劇やってるんだって!」
村人男B「もう始まってるぞ!早く行こうぜ」

 広場の観劇エリア

村人男C「おお!オフィーリア様のセリーナはいつもお美しい!」
村人女A「あら、今回は『ウィリアムとセリーナ』なんだ。ケンジ様拝めないのが残念だわ」
村人女B「本当よね。ケンジ様の彦星とオフィーリア様の織姫は完璧なのよね~」
村人女C「まあ、ケンジ様はもちろん素敵だけど、イグアイン様のウィリアムも素敵だわ」
村人女A「そうだね。この際だから、イグアイン様を堪能するわ」
村人男B「ははは、コーヴェスの乳母はいつも笑ってしまうぜ」
村人女B「セリーナの乳母って、本当に、コーヴェス様がはまり役よね!」
村人女D「そうそう!私もコーヴェス様みたいな乳母がほしいわ」
村人男A「おいおい、コーヴェスが乳母って、それはさすがにやばくないか」
村人男D「いや、やばいっつーか、なんか、悪くないかも」
村人男A「えっ」

カーテンコールに三回こたえて、楽屋テントに戻った役者陣。外の歓声はまだ響いている。

オフィーリア「ふへー、つっかれたー。メーシア、肩揉んで~」
コーヴェス「まったく、うちの看板女優は舞台降りたらいつもだらしないったら」
オフィーリア「お、ボス、ナイスダジャレ」
コーヴェス「ダジャレなんかじゃないわよ!ったく。あと、うちのメーシア優しいからってあまりこき使わないでちょうたい」
オフィーリア「はいはーい、メーシア最高、メーシアまじ天使―」

メーシア、微笑みながらオフィーリアの肩を優しく揉む。特に言うことはない様子。
横からケンジが入ってきた。

ケンジ「メーシアも結構出番あったし疲れただろう。休んどき。」

変わりにオフィーリアの肩を揉みはじめる。
オフィーリア、少し不機嫌な顔になったが、すぐ無表情になって、スタッフに化粧を落とすのを任せて、目を閉じて休憩する体勢に入った。

イグアイン「ケンジさん、神父役すごく似合いそうなのに、なんで出ないんだよー」
ケンジ「それは君の個人的な希望だろう」
イグアイン「そうだけどさあ。おれ、ケンジさんに神父やってほしんだよ!やってよー」
ケンジ「モーリス君に失礼だろう」
モーリス「いやいや、僕は今回神父役やれるだけで幸せですよ。はっはっは。」
イグアイン「モーリスも悪くないんだけどさー。てかなんで毎回神父役を変えるんだよボス。てか毎回変えてんのになんでケンジさんにまわらないんだよー」
コーヴェス「神父役は新人を試す役ってお決まりよ」
イグアイン「そんなお決まりなんてきいてないよー、ボスー」
コーヴェス「あたしがそう決めたからそうなの。文句は言わせないわ」
イグアイン「えーずーるーいー。おれ、ケンジさんの神父見たいのにー」
メーシア「イグアイン君はなぜそんなにケンジさんの神父が見たいの」
イグアイン「だって、ケンジさんの神父姿ってまだ見たことないからさー。なんかすっごく禁欲的なのにとんでもない色男な神父になりそうでぞくぞくするやん」
メーシア「あれ、イグアイン君って、男に興味ないんじゃなかったっけ」
イグアイン「男に性的な興味はないんだけどさー。でもケンジさんみたいな男に憧れるんだよー。そんなケンジさんの神父姿を見て勉強したいってわけさ」
メーシア「ふふ、僕から見れば、イグアイン君はただ自分の妄想癖を満たしたいだけのような」
イグアイン「…前前から思ってたんだけどさー。メーシアって、人畜無害な顔して、たまに鋭いこと言うよなー」
コーヴェス「こら、下心バレたからってうちのメーシアのせいにするんでない」
イグアイン「えーボス、妄想癖は役者にとって大事やん?何事に対してもいろんな可能性を妄想で生み出すのが大切やん?妄想しない役者って自分も他人もキャラも上手く理解できないやん?妄想しない役者って役者失格やん?」
コーヴェス「おまえは妄想しすぎなんだよ!妄想の範疇こえてんだよ!この女たらしめ!なにがいろんな女性との無限な妄想の可能性を実践して、だ!そういう妄想なら実践するな!言うな!その腐った頭の中に埋めとけ」
イグアイン「それとこれとは話が違うやん~。今は役の話やん~」
コーヴェス「役を決めるのはあたしで、文句は一切受付ないわ。これ以上ぐだぐだ言うなら出ておいき」
イグアイン「うっそんなに怒らなくてもー。わかったよー。ケンジさんの神父姿は妄想でなんとかしとくー」

イグアイン、しょぼんになって別のテントに移す。

メーシア「まあまあ、ボスもあまり気にしないで。イグアイン君はただ甘えてるだけだと思うし」
コーヴェス「別に怒ってなんかないわ。ちょっとめんどくさくなっただけ」
メーシア「ふふ、ボスはいつもイグアイン君に厳しいね」
コーヴェス「ていうか君たちは彼に甘すぎるんだよ。ただでさえ調子乗りなんだから」
メーシア「まあ、そういうところはあるけど、基本いい子だということもボスわかってるし。なんだかんだよく彼の面倒見てるし。僕たちはそんなボスが大好きだよ。ほら」

 言いながら、コーヴェスの乳母服装を脱ぐのを手伝う。筋肉隆々で体が大きい分、着るのも脱ぐのも一苦労するコーヴェス。

コーヴェス「もう、メーシアったら」

オフィーリアの化粧落としが終わり、目を開けて体を起こす。ケンジはコーヴェスの手伝いに入る。

ケンジ「そういえば、コーヴェス、この村に二晩泊まるよね」
コーヴェス「そうよ」
モーリス「あれ、そうですか。明日はなにやるか聞いてないんですけど、聞きそびれたかなー」
コーヴェス「おや、一昨日言ってたわよ、明日はオフ。自由行動よ。夕方に戻ってくればよろしいわ」
メーシア「今夜の打ち上げパーティーで乾杯してからもうオフタイムの始まりだよ。モーリス君も、せっかくのオフタイムを楽しむといいさ」
モーリス「僕、入ったばっかりでもうオフタイムもらっていいのかなー。雑用とかあるならやりますよ」
メーシア「君だけではなく、皆のオフタイムだから気負わなくても大丈夫さ。これからさきは随分とハードなスケジュールだから、今のうちにエネルギーを貯めといて」
コーヴェス「そうそう、切り替えの仕方も覚えておかないと、うちの劇団にそう長くついてこれないわよ。新人だからって甘くしないわよ✩」
モーリス「わかりました!では、打ち上げパーティーの手伝いしてきます」

モーリス、外に出る。コーヴェスの着替えもそろそろ終わる。

コーヴェス「頼もしい子で嬉しいわ」
メーシア「そうだね」

 オフィーリア、服装を脱いて、薄くて長い白衣一着になる。

オフィーリア「わーい、パーティーは大好物だ」
コーヴェス「こら、オフィーリア、その格好で外出ると大騒ぎになるんだからちゃんと服を着なさい」
オフィーリア「えー。ボスが心配するのはそっちかよー」
コーヴェス「イグアインの真似やめないか」
メーシア「オフィーリアさん、これを着てください。夜は冷えるから、風邪ひかないようにね」
オフィーリア「やはりメーシア最高~。メーシア天使~」
コーヴェス「あまり呑まないでね。呑むと毎回大変なことになるから」
オフィーリア「メーシア、ボスが僕に厳しいよ~。しくしく」
メーシア(ちょっと困ったような笑顔に)「まあ、僕も、オフィーリアさんはお酒を少し控えたほうがいいかと」
オフィーリア「メーシアまで」
ケンジ「私がついとくよ。大変なことにならないように」
オフィーリア(唇を少々尖らせる)「せっかくのオフタイムをおれに使わせちゃ悪いから自粛しとくよ」

オフィーリア、コートの帯びを無造作に結んで、外に出る。

メーシア「それでは、僕もパーティーの手伝いに行ってくるね」

 メーシア、長い黒髪を赤い糸で左側に束ねて、出て行く。

ケンジ(声を低くして)「コーヴェス、今夜のパーティーでやるか」
コーヴェス(同じく声を低く)「いや、夜明け前を狙う。体力を温存しといて」
ケンジ「了解」

夜の北西広場が賑わっている。
北西広場で一時的に立ち上げた仮舞台はもうほとんど片付けられ、今は四人が立てるぐらいの正方形の踏み台しか残っていない。この踏み台は広場の真ん中あたりにぽつんと立っている。その踏み台を中心に、篝火(かがりび)がいくつか焚かれており、人の輪に囲まれている。
今宵は、村からの許可で、この広場を専用に使っていいことになっている。演劇の料金として村人たちからビールやお肉や果物などをもらった「男体女色」は三ヶ月ぶりの打ち上げパーティーを楽しんでいる。
もちろん、パーティーを楽しみたいのは「男体女色」のメンバーだけではない。男性だけで構成される旅劇団「男体女色」は人気な役者を有しているだけでなく、演技や物語の改編、さらには舞台表現も高い評価を得て、この大陸の人々にはわりと知名度が高く、看板役者たちのファンはこの村でも少なくない。
好きな役者さんと接触したく、広場に集まってくる大半は若い男女の村人である。
ただ、‘カラー’と呼ばれ、親しまれている「男体女色」は面倒ことを避けるため、こういう場合は一応対応措置をとる。主要役者を真ん中あたりに囲んだ形でパーティーが盛り上がりずつある。
ファンの村人たちは、或いは少し離れた高いところで広場を眺めたり、或いは広場のすぐそばにきて、自分でお酒を持ってきて、団員と乾杯したりおしゃべりを楽しんだりする。
夜が更けるにつれ、お酒も回っていき、笑い声が響き、歌い出す人も少なくなっている。
ふと、誰かが「あっ!」という声を発した。
見ると、オフィーリアはいつの間にか踏み台に登って踊り始めている。
コートはすでに帯びが解かれて、肩から肘あたりに落ちかけている。コートの下の薄い白衣は篝火の色に映えて熱を帯びてくるようだった。白衣の下の体が見えそうで見えない。服の下から長い足が突き出ている。
オフィーリアは体を思いのまま動かす。長い金髪は解けて夜空に舞う。細い腰はバネのように空中で弾ける。すらりとした美脚は目まぐるしくいろんな線を描く。
白鳥のような柔軟さと優美さとともに、豹のようなしなやかさと瞬発力を備える。
誰もが目と息を奪われるほどの踊り。
舞台ではあまり舞う姿を披露しないオフィーリアである。彼のファンならば、こういうところを見れるのが至福とも言えよう。
唾を飲む音がいやらしいぐらいに聞こえてくる妙な熱を孕む空気。
コーヴェスはオフィーリアの片手に持っているグラスに気づいた。

コーヴェス「ちっ誰だよ!あの子に果実酒あげたの!この村の果実酒は酔いやすいんだよ!一番度数低いビールにしとけって言ったのに!」

オフィーリアの舞いは激しさを増していく。コートはすでに地面に落ちて、薄い一枚白衣も胸元まであけている。薄紅色になった頬を見れば、もう酔いは回っているようだ。
魅入られた何人かの村人はわれを失ったように目をまっすぐオフィーリアに釘づけて近づこうとしている。止めるはずの新人団員たちも目の前の美景に意識をとらわれて動けない。

コーヴェス「やばい」

コーヴェスが止めに入ろうとしたが、もう一人が彼よりも素早かった。踏み台に上り、腰に手を回して、それでも止まらなかったオフィーリアの踊りに合わせるように一回まわって、隙を見つけてオフィーリアを横に抱き上がった。

村人女たち「キャー!ケンジ様がオフィーリア様をお姫様抱っこーー!!」

ケンジは的確な動きで人をかき分け、オフィーリアを抱いたまま目標のテントに入り、入口を閉めた。十数秒で危機が解消された。

コーヴェス「さすがケンジ、頼りになるわ」

テント内。
オフィーリアはケンジにもたれている。右手はケンジの襟に潜り、微熱を発する指先でケンジの滑らかな首筋を撫でながら、至近距離に顔を近づき、吐息を吐く。

オフィーリア「あなた、綺麗な顔してるね」

酔いが回っているのに、オフィーリアの瞳はまるで月の光に揺れる水面のように輝いている。人を吸い込むような眼差しをまっすぐ向けながら。
その瞳に酔ってしまったら、オフィーリアが瞬きの速さで左のブースから小さなナイフを抜き首筋にあてようとしているのに全然反応できないだろう。
ケンジは止めた。オフィーリアのナイフを握っている左手がまだ上がっていないところでその腕を掴み、同時に右手の動きを肘で破り、オフィーリアの両手を掴んだまま膝の後ろを狙ってオフィーリアの体勢を崩し、そのまま前に倒れるようにオフィーリアを目標の椅子に座らせ、掴んでいる両手を椅子の後ろに回り、その椅子の後ろについている道具に縛り付いた。
両手を縛られたオフィーリアは怒ることなく、逆に朦朧な笑顔を見せた。完璧な曲線を描く口元から漏れる呼吸すら甘さを帯びているようだ。
しかしケンジは厳しい顔を崩さない。なぜなら、オフィーリアの両足が自分の腰に巻きつけようとしているのがわかるからだ。その足の触感はケンジにはわかる。さっきの微熱を発する指先と違って、きっと涼しめな肌触りだろう。白蛇のように滑らかで繊細な手触りだろうが、ちゃんと手の感触を確かめれば、肌の下には鍛えられた精密機械のような筋肉による力の威圧感を感じ取れるはずだ。その両足に腰を巻き付かれたら、次の瞬間、自分の腰はへし折られるのに違いない。
その動きに素早く反応し、ケンジは自分の体をオフィーリアに押し付けた。一瞬、二人の体は磁石に引き寄せられたようにびったり重ね合った。力強い心臓の鼓動がうるさいぐらいに鼓膜に貼り付ける。もうそれはどちらの鼓動かがわからない。お互いの体の熱は薄い服を燃やすぐらいだ。ランプの暖かい光に包まれる二人の美男子の体は一見絵のようだ。
しかし当人たちにとってはそんな甘く美しい雰囲気とはかけ離れている。ちょうどオフィーリアの真正面にいるケンジは、体を押し付けたことでオフィーリアの太ももを開かせた。ケンジの腰を交差に絞めようとするオフィーリアの両足は太ももにつられ分けられ、そこにケンジの腕が差し込み、力ずくでその両足をそれぞれ椅子の両側に縛り付いた。
そこで終わりではない。すぐに身を起こし、オフィーリアの顎を固定し、口の中は何も仕込んでないことを確認してから、やっと一息ついた。
一連の動きは明らかに慣れたものだったが、それでも冷え汗をかいたケンジである。

ケンジ「ふー。これだから酒癖の悪いやつは……」

オフィーリアは両手両足を縛られてほとんど身動きできない状態だが、人を吸い込むような笑顔はまだそこにある。長いまつげの下から星の輝きに負けないほどの目を覗かせる。
その椅子は劇に使う時もあるが、基本的に対オフィーリア用に改造されたものだ。今回のようにお酒に酔ったオフィーリアをちゃんと抑えられるようにするまで幾度にわたる痛い経験を必要とした。もちろん、使い手も選ぶ。現段階、「男体女色」で彼を抑えれるのはコーヴェスとケンジだけだ。

テントの外。パーティー広場。

モーリス「オフィーリアさんって、酔うと踊りだすんですね!もっと見たかったなー」
団員A「ばか、そんなかわいいもんじゃないよ!あれは恐ろしいことが起きる前兆みたいなもんだ」
モーリス「え?」
団員B「そうそう、まじで恐ろしいよな」
団員C「……おれはもう二度と体験したくないぜ……」
団員A「そっか、前回はお前が……お気の毒に……」
モーリス「え?一体何が?」
団員B「いいか、悪いことは言わない。とりあえず酔ったアレに近づくなよ」
団員C「この男体女色で生き延びたければ、第一に、アレにお酒をやるな。第二に、万が一アレが酔ったら、絶対に近づくな。生き延びたいならな」
モーリス「え」

広場から少々離れたところ。暗いところに立って広場の様子をずっと眺めていた黒服の人影二人が闇に溶け込むようにその場を去る。
再び広場全体の光景。しかしコーヴェスはどこにも見当たらない。コーヴェスのほかに、もう一人の姿も消えていた。

テントの中。

ケンジ「酔いざましの飴薬も飲ませたから、少し休ませてくれ」
オフィーリア「え~。おとなしくしてるじゃん~」
ケンジ「それはありがとうよ」
オフィーリア「なにその返事は~。嫌味のつもり?」
ケンジ「いや、本心だよ。だって君、それぐらいの縄縛り、ちょっとしたら解(ほど)けるでしょう」
オフィーリア(両手を体の前に戻し、縛られていた腕を揉みながら)「あら、バレてた?ふふ」
ケンジ「少しは酔いが醒めてきたみたいだな。本当はそんなに飲んでなかったんじゃないか」
オフィーリア「だって~、メーシアにすら控えたほうがいいって言われたんだもん。この村の果実酒は美味しいからどうしても飲みたくて~、ほんのちょっとだけ、味見のつもりで一口飲んだだけ~」
ケンジ「君の一口は他人の一口とは違うんだ」
オフィーリア(唇を尖らせる)「お説教は聞きたくな~い」
ケンジ「お説教のつもりはないけどね。ただ毎回君の対応してると疲れるんだよ」
オフィーリア「それはすまなかったねー」
ケンジ「思ってもいないことを口にしなくてもいいよ。舞台上じゃあるまいし」
オフィーリア(自分の足を解放した)「いやだな~、思ってるよ。口がね」
ケンジ「……」(ため息)
オフィーリア「そういえば、メーシアは?さっきから見当たらないんだけど」
ケンジ「メーシア?さあ、どっかの隅にいるんじゃないかな。彼は賑やかな場所が苦手ってほどではないけど、そんなに好きでもないからな」
オフィーリア「それぐらい知ってるよ。でもなんだかんだ輪の中にいるじゃん?だからさっきから見当たらないのがおかしいなあと思って、台に登って探してたんだよ」
ケンジ「踊ってたようにしか見えなかったけど」
オフィーリア「踊りながら探してたのさあ。高等テクニックってやつさあ」
ケンジ「そうか。それはすごいな」
オフィーリア「思ってもいないことを口にしなくてもいいのよ」
ケンジ「思ってないことも思ってることも口にするのが生業(なりわい)なもんでね」
オフィーリア「あら、それは君の演者論ってやつかい」
ケンジ「そんなたいそうなことじゃないよ。それより、なぜメーシアを探してたんだ」
オフィーリア「……君には教えなーい」
ケンジ「そうか。なら、探すの手伝おうか」
オフィーリア「おや、ケンジいい人。じゃお願いしまーす」

 数分後。広場の隅。

オフィーリア「おかしいなあ。やはり見当たらない」
ケンジ「こっちもだ。それにイグアインも見当たらないんだ」
オフィーリア「あいつはどうせどっかの女のベッドにいるさ」
ケンジ「まあ、そうだね」
オフィーリア「やはり心配だ。メーシアの寝床に行ってみる」
ケンジ「一緒に行こう」

メーシアの寝床のテントに入り、すぐにその布団の上に何かが置かれていることに気づく二人。それを手に取るオフィーリア。

ケンジ「なんだ」
オフィーリア「‘メーシアを返して欲しくば、今から村の東のつきあたりにある廃屋に来い’」
ケンジ「!」
オフィーリア「それにこれは……赤い糸!メーシアが髪束ねる時によく使ってたやつだ。これ、切られた一部だ」
ケンジ「誘拐?にしてもなんでメーシアを?目的が読めないな」
オフィーリア「場所わかってる?」
ケンジ「ああ。物事を立てるのはなんだし、まずは二人で行こう。この場合、できればコーヴェスも呼んでおきたいが、さっきも見当たらなかった」
オフィーリア「途中で考えよ。とりあえず早く行こう」

 時は既に夜中を過ぎている。広場ではパーティーを楽しむ人はまだいるが、さきほどより少なくなっている。二人は目立たないようにマントを被せ、廃屋を目指して出発した。
 そんな道中で。

オフィーリア「あ!コーヴェスじゃない!」
コーヴェス(振り返る)「なんだ君たち。なんでこんなところにいる」
オフィーリア「それはこっちのセリフよ。ていうかボス、オカマキャラどっか行ってるよ」
ケンジ「メーシアが誘拐された」
コーヴェス「なんで知っている」
ケンジ「やはりボスも知ってたのか」
コーヴェス「ああ、いつの間にか俺のポケットに封筒が入ってたんだ。東の廃屋に行く指示と、これが入ってた」
ケンジ「これは」
オフィーリア「メーシアのペンダント!」

 メーシアがいつも身につけているペンダントはコーヴェスの掌にある。

ケンジ「私たちはメーシアの布団で紙と彼が使ってた糸を見つけたんだ」
コーヴェス「なるほど。しかも、なんでメーシアを」
ケンジ「私もそこに引っかかっている。メーシアを誘拐する目的が思いつかない。私たちみたいな旅芸人にお金も貴重品もなければ、メーシアは孤児で、誰かの恨みを買うような性格でもない」
コーヴェス「それにあの子、オフィーリアと違って熱狂的なファン少ないし」
ケンジ「さらに、オフィーリアと違って、危ないファンをぼこぼこにする‘武技’持ってないし」
オフィーリア「そうなんだよ、こんなことだったらメーシアに保身術の一つや二つ教えとけばよかった」
コーヴェス&ケンジ「お前/君 は教えるな」
オフィーリア「え?なんで」
コーヴェス「お前のは保身術じゃない、殺人術じゃないか」
オフィーリア「ひどい!まだ人を殺したことないのに!」
ケンジ「シー、あそこが例の廃屋だ」
コーヴェス「…人の気配は…なさそうね」
オフィーリア「ドアの前に何かが」
コーヴェス「これは…写真?」
ケンジ「これ、メーシアとオフィーリアじゃないか。舞台の下から撮ったものだから、盗撮か。しかしやけに綺麗に映ってる」
オフィーリア「見せて。これ…確か『白蛇伝説』だ。メーシアと蛇の精の義理姉妹をやってる時の」
コーヴェス「‘このままこの三人で村の南にある教会に来い。ほかの誰にも教えずに、静かに来い’、だと」
ケンジ「‘この三人で’?もしや、相手は私たちを監視しているのか。しかしどこから」
オフィーリア「次は教会か。やはり目的がわからないなー」
コーヴェス「それでも行くしかない。行こう」

 南の教会前。
コーヴェス「また写真か」
ケンジ「今回はキャンプ時のものだね。メーシアとオフィーリアだけでなく、コーヴェスも写ってる。どういう意味だ」
オフィーリア「‘この写真に写っている一人と引き換えに、メーシアを返してやろう。次は西の川辺に来い’。結局目当てはおれか」
ケンジ「なんでそう言える」
オフィーリア「写真に写っているのは三人、メーシアを除くと、おれとコーヴェスしかいない。コーヴェスをほしがるもの好きはいないだろう」
コーヴェス「おい」
オフィーリア「それにおれは近づきがたい、華麗な‘武技’を持ってるからな。おれを捉えるより、メーシアを人質にして要求を出すほうが手っ取り早くて安全だろう」
ケンジ「一理あるな」
コーヴェス「おい」
ケンジ「しかし、西の川辺か……あそこは国境線に近く、川を超えるとすぐそこが隣の国。川を挟むちょっとした森は隠れたり逃げたりするのに便利なところだから厄介だね」
オフィーリア「ふ~ん、やけに詳しいね」
ケンジ「何度も行き来してるだろう。君は道や地図を覚えなさすぎた」
オフィーリア「ふん、そんな余計なものを覚える必要はないね」
コーヴェス「とにかく急ごう。それに、目的がわかったから、そう簡単に思惑通りにさせてやらない。道中で計画練ろう」
オフィーリア「計画なんて必要ないね。メーシアを安全に取り返してから、おれが誘拐犯をぶん殴ればいいだけの話だ」

夜はさらに更けていく。パーティーの音はまったく聞こえなくなっている。こんな深夜だ、もう皆休んでいるだろう。人影一つない道中。わずかな星のあかりをたよりに、三人は漆黒な夜道を急ぐ。

国境線に近い川辺は、村を出て少し離れたところの森を抜けると見えてくる。
川と言っても横幅数メートルで、雨季の時でも成人の膝あたりにくる浅い川だ。
川辺もそう広くはなく、石ころで凸凹している。ただどこを見ても、人影が見当たらない。
オフィーリアは、森を抜けたところで、すぐ隣の枝に結んでいるものに気づいた。

オフィーリア「これ、切られたメーシアの糸だ」
コーヴェス「赤い糸…本当だ」
オフィーリア「お前たちはここまででいい。人質交換だから、お前たちが近すぎると向こうもやりづらいだろう」
ケンジ「わかった。気をつけて」

オフィーリアは川辺に降りようとした瞬間、何か爆発に似たような音がした。

パン!

三人が反応できる前に、すぐに次の音が。

パン!パン!

爆発音に聞こえるが、なんだか鈍い。そしてそんなに大きくはないようだ。

オフィーリアは滑り落ちるように川辺に駆け出す。

オフィーリア「メーシア!」

続けて鈍い音が鳴った。
今度は別の音も混じっている。
そして、音以外のものも現れた。

気が付くと、オフィーリアは飛び散る火の粉に囲まれた。
そして、パン!
見上げると、空中に金色の花が咲いてるではないか!

コーヴェス&ケンジ&メーシア「お誕生日、おめでとう!オフィーリア(さん)!」

次々に咲き散る色取り取りな花に照らされるオフィーリアの顔を見ると、唇が不満げに尖っている。

オフィーリア「お前たち、本当にどうしようもないぐらいにつまんないな」
メーシア「ごめんね、最初から一番大きい花火を打ち上げたかったけど、なんか壊れたみたいで音だけ鳴って花火は出なかった」
コーヴェス「もう本当、あたしもそれにびっくりしたわ」
ケンジ「まあ、ほかのは大丈夫だったみたいで良かったよ」
メーシア「改めて、オフィーリアさん、お誕生日おめでとう」
オフィーリア「別の本当の誕生日じゃないのに」
コーヴェス「だってあんた、自分の誕生日覚えてないでしょう。だったらあたしがあんたを拾った日でいいんじゃない」
オフィーリア「入団日って言ってくれ。拾っただなんてダサい」
ケンジ「ちなみに写真は団員に頼んで撮ったものだ。記念にね」
オフィーリア「あ、あいつだろう。盗撮技術が下手すぎるんだよ」
コーヴェス「もう、拗ねないの。別に毎年あんたの誕生日祝いしてるわけじゃないし、プレゼントなんてあんた特にほしがるものないし、だったら記念になるようなものにしようかなって。まあ、あたしは毎年したいけどね」
オフィーリア「するな。つまんないしくだらん」
コーヴェス「はいはい」
オフィーリア「しかしお前ら、よくもこんなつまらないことを考えたな。メーシアも。よくもこんな下手な芝居に乗って。今回はいいんだけど、本当に誘拐にあったらどうする」
メーシア「ごめん。僕もちょっと悪ふざけがすぎるのではって思ってたけど、でもそこまでしないと、オフィーリアさんをうまく誘導できる方法が思いつかなくて」
ケンジ「それに君、とっくに気づいたんだろう。やけに協力的だなって思ってたよ」
コーヴェス「あら、そうなの。いつから」
オフィーリア「ふん。お前らごときの拙い演技でおれを騙せると思ったなら笑っちゃうね。メーシアが夜中に単独行動でちょっと心配だから仕方なく付き合ってあげたんだよ」
メーシア「心配かけてごめんね。でも大丈夫だよ、これでも成人男子だし」
オフィーリア「危機感ないから心配なんだよ。おれみたいに技持ってないしさ。万が一コーヴェスみたいな筋肉ばかに捕らわれたら、メーシアじゃ逃げ切れないじゃん。やはり技を教えるから、覚えといて」
コーヴェス「なによ!筋肉ばかってひどいわ!あたしだって華奢な体つきがほしかったのよ」
ケンジ「オフィーリアは本当にメーシアが好きだな」
オフィーリア「おれが拾ってきた子だ。おれの眷属だ」
コーヴェス「眷属って……もっといい言葉ないのかしら」
オフィーリア「さて、お酒は?持ってきてるんだろう」
ケンジ「お酒?」
オフィーリア「お酒のない誕生日祝いは誕生日祝いのうちに入らん。ほら、お酒持って来い」
ケンジ「君……まだ懲りないのか」
コーヴェス「さっきは騒ぎになりかけてたのに、まったく」
メーシア「え?オフィーリアさん、酔ってたの?」
オフィーリア「酔ってないし。果実酒を一口飲んだだけだし」
メーシア「また?」
オフィーリア「またってなんだよまたって」

三人の声が段々小さくなる。視野は段々川辺から離れた小さな森の中からのものになる。

森の中、夜明け前の濃い闇に溶け込むように立っている黒ずくめの人影が二つ。呼吸すら闇と同調してるのか、まったく存在を感じさせない。
川辺にいる三人をしばらく観察してから、やがて完全に闇に溶け込み、消えていった。

数時間後。
朝方の朦朧とした青白い光を浴びながら道端で横たわっている男がいる。
服は薄汚く、口で草を遊びながら、膝を立てて両足を組み、口ずさむメロディーに足が小幅に動いている。
ふと、顔で感じている光が遮られたのに気づき、目を開ける。
黒のマントをかぶった男が自分を見下ろしている。
上半身を起こす。

シンジ「おやおやこれはこれは、久しぶりかな?それともこの間ぶりかな?」
マントの男「ふ、相変わらず呑気だな」
シンジ「おうよ、おいらはいつも呑気にやってるぜ」

マントの男は、シンジに紙切れを一枚渡す。
シンジはそれを読み終わると、手のひらでぐちゃぐちゃにし、さらに両手で摩擦してると、紙が急に発火し始め、すぐに灰となって土に散った。

マントの男「それをタカのほうに広めてくれ。特に第二番隊の連中にな」
シンジ「りょう~かい」
マントの男「くれぐれもヘビに気づかれないように」
シンジ「はいよ。おいらの腕を信じて依頼してくれてるんだから、安心しな」
マントの男「頼んだよ」

去ろうとするマントの男に話かける。

シンジ「そういやーあんたの劇団は近くでお芝居やってたって?いつかおいらも招待してくれないかな。‘カラー’一の色男の舞台を拝んでみたくってね」

男は振り返り、少し微笑みを見せる。

ケンジ「いい機会があったら、ね」
シンジ「おう、じゃ待ってるね~」

ケンジはすぐに去っていった。来るときと同じ、音を立てない歩き方で。
シンジはもとの姿勢に戻り、朝方の静けさを楽しんでいた。

やがて日が昇り、何人かの子供がやってきた。

子供A「おお!物乞いのおじさんだ!」
ほかの子供「本当だ本当だ」
シンジ「おいおい、そこはお兄さんって言ってほしいところだぜ」
子供B「おじさんどこ行ってたの?最近全然見かけなかったけど」
シンジ「なんだいなんだい?おいらに会いたかったかい」
子供C「だっておじさんのお話面白いんだもん」
シンジ「そっちかー、ちょっと寂しいなー」
子供A「ねえねえおじさん、もっとお話してよ、聴きたい」
ほかの子供「聴きたい聴きたい」
シンジ「いいか、おいらは物乞いだ。今は食べもんもなければ飲めるお水もない。つまり力が出ないんだ。こんな状態でお話はできないんだ」
子供C「お話してくれたら、俺のパンを半分あげるよ」
子供B「私の牛乳も飲んでいいよ」
シンジ「それはいかん。君たちはちゃんと食べていっぱい背伸びする時期だ。君たちの朝ごはんを奪うわけにはいかない」
子供C「別に大丈夫よ、後でおかんにもう一個もらえばいいし」
子供B「私は牛乳搾りのお仕事手伝ってるからいつでも牛乳たくさんもらえるから平気だよ」
子供たち「大丈夫だからお話聴かせて~」
シンジ「ふむー、これは困ったもんだなー」
子供A「おじさんどこ行ってたの?なんか面白いことあった?」
シンジ「おいらは物乞いなんだ。いろんなところを回って食べ物や必要品をもらってくるのが仕事さ」
子供C「変なの。うちのおばあさんは物乞いはお仕事じゃないって言ってたよ」
シンジ「それは偏見ってやつさ。だってほら、おいらはものをもらう代わりに、君たちに君たちが大好きな色んなお話をいっぱいしてたではないか。ギブ アンド テイク。立派なお仕事さ。さてさて、今日はどんなお話が聴きたいかい」
子供A「俺は帝国の都のお話が聴きたい!」
子供B「私は王国の昔話が聴きた~い。前回の七夕のような切ないお話が大好きなの」
子供C「俺は先月帝国の要塞でやってたお祭りの話が聴きたい。おじさん見に行った?」
シンジ「これはこれは、注文が多いなあ~。焦らない焦らない。まずはパンを一口食べさせてくれ。…やー、君のお母さんが焼いたパンは相変わらず美味しいね。…うん、牛乳も美味しい。最高だ。それでは、お話をお聴かせしましょう」

 「語り部」という異名を持つ物乞い(自称)シンジのお話会は、今日も楽しく始まった。

第一話 完


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