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『Th Shibuya Sillies Street』-20

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 そうだった、忘れてた。バイトを始めて、1ヶ月くらい経ったとき、先生が言ったんだった。

「サクラバさんは、ご自身の尻子玉が半分無いことを自覚していらっしゃるんですか?」

 何言ってんだろうって思って、ぼーっとしたまま返事をしなかった。それが先生には、よくわからなくて答えられないと受け取られたみたいで、先生は続けて喋り始めた。

「サクラバさん、人間には尻子玉という部位が存在します。言い伝えや都市伝説ではなく、本当に。よくカッパと一緒になって語られることが多いのですが」

 カッパで尻子玉。確かに聞いたことがあるような気がするけど、僕の家族や親族からそういう昔話や民話を聞いた気がしないので、きっと絵本かなにかで読んだんだろう。

「サクラバさん、私があなたに声をかけた理由がそこなのです。現代では、ただ尻子玉を抜かれた人よりも、尻子玉を一部だけ所持し、生存している人のほうが少ないのです」

「そして、あなたがその尻子玉を半分だけ所持し、生存している人間なのです」

 へーって言えばいいのか、そうなんですねって言えばいいのか、よくわからなかった。尻子玉がなんなのか、なんで半分しか僕にはないのか、あまりによくわからなすぎて、僕はただ先生の顔をぼんやり見つめていたんだと思う。

「サクラバさん、突然身体に異変がおこったりすることは、ないですか?」

 異変? 具合悪くなったりするってこと? あんまり心当たりないんだけどなぁ。僕はなんでか身体が丈夫で、派手に転んでも傷どころか痣にもならず、風邪もひかない。病院にお世話になったのは、春先の勤務先指定の健康診断くらいだ。
 あ、でも、たまに……コンタクトレンズが猛烈に乾いて、目を開けていたくなくなることはあるな。強烈なドライアイみたいなの。目がカリカリに乾いて、熱くなるような……。

「それです」

 初めて先生が笑った顔を見た。いや、これ笑顔なのか? 口元というか口角がニッとあがったけど、目はちっとも笑ってなかった。
 なんだっけ、ほら、昔の怖い漫画の……あ、あれだ『笑い仮面』みたいな笑顔だった。


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