『Sh Si St』-04

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 ピ・ポ・ピ・ポと青を知らせる軽い音を合図に人々が堰を切ったように道路に流れ出る。

 いや、本当は鳴ってないのかもしれない。
 信号が青になると、あの音が勝手に脳内で再生されるから。たとえ『とおりゃんせ』がかかってようとも。それになんだか今日は、コンタクトレンズがやけに乾いてしょうがなかった。早く立ち止まって、目薬をさしたい。早足で向こう岸を目指したとき、ふと視界に違和感を感じた。目の前をこちらに向かって歩いていた女性が、しゃがみこんでいた。僕はその脇を丁度通り過ぎようとしていたのだ。
 具合でも悪くなったのかと思ったつかの間、彼女は立ち上がった。手にはなにか握りしめているようで、振り返るほどではないけど視界のギリギリでは、なんだか元気よく立ち上がったように見えた。そして僕が歩き続けたことで、視界からフレームアウトしていった。
 なにか大事なものでも落として、それを拾ったんだろうか。いや、どちらかというとRPGかなんかのフィールドでレアアイテムを見つけたような顔に見えた。見えた気がするだけで、そんなことがあるはずがないんだけど。
 だってここはスクランブル交差点のど真ん中だからだ。そんな場所にレアアイテムがあるはずがない。ここは現実で、夢でも、ゲームでもないからだ。
 そんなことより、早く目薬をさしたい。オリハルコンでも、ヒヒイロカネでもなく、いまは目薬が必要なのだ。渡りきった先にあるビルの軒先を借りよう。瞬きの回数はことさらに多くなった。
 それに彼女とすれ違ったとき、目に違和感があったんだ。視界の違和感じゃなく、物理的な。実際にはそんなことなかったんだけど、なんていうか熱風を受けたような感じ。ほら、流行のサウナのロウリュみたいな。それで、パリッと目がさらに乾いた気がした。水分が持ってかれるような。
 だから、早く目薬をささなきゃだ。

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