今日の言葉(その2)
今日の言葉:採取場所・喫煙所
「今日はアツギなんですね」
出社して、溜まったメールを捌いて、今日のタスクを確認しての、11時半。昼ご飯前の一服に訪れた喫煙所で、別フロアの若者が笑みを浮かべてこう言った。
「今日はアツギなんですね」
地名の厚木? 下着のアツギ? それとも服装の厚着? 首をかしげながら、パードン? という顔をすると、若者はなおいっそうに笑顔を浮かべた。
「美馬さんって、寒がりなんですか?」
「ああ、厚着って意味で言ったの? なにかと思った」
「他に何があるんですか」
「そりゃ、地名とか、下着とか……」
「下着!? どういうことですか?」
「え、下着とかストッキングメーカーのアツギって知らないの?」
「知りませんよ、そんなの。っていうか、朝一で下着ないし、ストッキングのメーカー当てる変態じゃないですよ」
「そうか、それは変態になるのか」
「変態でしょう。一目でメーカーわかるとか、ないでしょ」
若者はケラケラと笑った。けど、私は彼が今日、きっとカルバンクラインのボクサーパンツであろうことを知っている。けど、言ったら変態になるのだろう。なぜ知ってるかは彼が会社には表向き付き合ってないと公称している彼女と昨日飲んだから。そして飲んで別れたあと、この若者の家に行って泊まったことをLINEで知っている。彼女のスペースだけぽっかり空いたベッドで、ふとんを剥いでパンイチで寝てる姿を共有されたからだ。彼女曰く、彼のボクサーパンツは皆カルバンクラインらしい。今時、と思うけど、嫌悪感はない。それくらい爽やかな若者である。彼がケラケラと笑って、メビウスプレミアムメンソールオプションワン100Sボックスという呪文のような名前のタバコをもみ消したとき、私に悪戯心が湧いた。
「一目じゃなくても透視でわかるときもあるよ」
「なにがですか? 下着ですか?」
真顔で聞く若者を煙巻くように、肺から息を吐き出して、私はそうとうに悪い不敵な笑いを浮かべて小声を発した。
「君の下着はカルバンクラインのボクサーパンツでしょ」
若者の顔にさっきまでの笑顔が張り付いて固まった。
私は十分に満足して、タバコをもみ消し、じゃあお先にと喫煙所を後にした。追いかけてくる言葉はなく、すがすがしい気分で私は軽やかに階段を上がる。
今日の仕事はうまくはかどりそうだ。
それがカルバンクラインのボクサーパンツのせいだとしても。
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