『Shib Sill Str』-09

-09
 坂と坂の間にある雑多な地帯の、さらに雑多としかいいようのない雑居ビルの階段を登っていく。築60年くらい経ってるんじゃないだろうかっていう古い鉄筋コンクリートのビル。階段の電灯はちらついて、踏み面はやたらと狭い。いつも湿った空気で、飲み屋なんかも入っているらしいけど、入ったことはない。4階建ての4階に到達して、4つの扉のうちの1つをノックする。インターホンは随分前から壊れて使い物にならない。

「どうぞ」
 女性の声が聞こえてから、鉄の重たい扉を開ける。ホラー映画の扉みたいな音をたてるが、室内はとても綺麗。細い廊下にユニットバスとミニキッチン、突き当りがワンルーム。8畳くらいあるのかな。そのど真ん中にベッドが置いてある。
 ベッドって言っても、シングルとかダブルとかじゃなくて、マッサージとかにあるアレ。施術ベッド。顔の部分に穴が開いているアレ。ここのはちょっといいヤツらしくって、穴を塞いだり、寝るところとは別に腕置きみたいのもある。実際、マッサージや整体を受けるときは、腕置きが寝る面より下にあるほうが楽なんだよね。で、突き当りの窓には重たいカーテンがかかっていて、その脇に小さな机と棚がある。
 机にいるのが、僕の雇い主。小さめの椅子に座って背中を向けている。その側に立っている若い女性がペコリと頭を下げた。雇い主が手を少しあげると、女性がよろしくお願いしますって僕に声をかけて、カゴを出した。僕はいつもどおり、仕切りも何もない場所で施術用のへんなマジックテープの服に着替える。パンツ一丁なんてものに恥ずかしいという感情もないし、雇い主は振り向きもしない。今日の女性はどうかわからないけど、そんなことも考えずにサッサと着替えを済ませる。

 僕はこれからここで1~2時間ぼーっとする。

 若い女性が今日の相手なんだろう。先生と呼ばれる雇い主の指示で若い女性が僕の身体に好きにする。
 ある時は鍼の、ある時は整体、ある時は灸、ある時はカイロプラクティック、それらすべての実験台。それが僕のバイト。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?