今日の言葉(その7)

今日の言葉:採取場所・山手線内回り車内
「そんな年に見えなかったね」、「いつまでも恋愛してたいよね」

 朝起きて鏡を見る。小じわ、シミ、クマ……疲れの抜けない顔、ハリの無くなった顔、毎朝がっくりくる儀式。もうこんななんだから、取り繕って化粧なんかしなくていいやと思うのに、ノリの悪い肌に塗り、ガタガタになる瞼に線を引く。ドモホルンリンクルが言ってたことは本当だった。アイラインが引きにくくなるなんて、ちょっと前までは考えたこともなかったのに。だからって、あんな高い化粧品には手が出ない。溜息をつきながら、化粧を終えて、家を出る。男だったら同じ年齢でもこんなことしなくていいのに。

 通勤電車はなるべく人の顔を見ないようにしている。トンネル内で窓に映る自分の顔が一番見たくない。これがすごい美人だったら、もしくは諦めのつくくらい不細工だったら。そしたらこんな風に悩まないんだと思う。そこそこ。良くも悪くもそこそこだから、どちらにも振りきれずに悪あがきしている気がする。悪あがきの何が悪いんだ。そう思うために、最寄駅に着いてから、顔をあげて周囲を観察する。綺麗な子はスルーして、同世代の女性を目で追う。

 あの人よりは大丈夫。あの人よりも大丈夫。そう10人カウントしながら、会社へ向かう。まだ大丈夫。最低だと思うけど、こうしないと若い子だらけのオフィスには向かえない。オフィスの子たちは本気かウソかわからない、薄っぺらい言葉で「若いですよね」、「全然そんな年には見えない」そう言い放つ。それを信じちゃダメなのは解ってるけど、それすら言ってもらえなくなるのが、それすら言うに憚るような、触れちゃいけない存在にだけには、なりたくないから。絶対に。

 少しの地位。満足は決してできないけど、年齢に対してまぁいいかと思えるポストで仕事をこなして、若い子に気を使って仕事を終える。この年で独身でキャリアウーマンとしてバリバリでもない、ここでも中途半端な自分。不幸中の幸いなのかバツイチだから、いま独身であっても何も言われない。もう結婚はいいやって思ってると、みんな思ってくれてる。諦めた振りをできる。けど、恋愛を諦めたわけじゃない。なのに、それを現実がさせてくれない。

 飲みに行く友達も、同僚も、後輩もいる。だけど、明らかに数年前と違う。飲んで、酔った勢いで、どうにかなることが一切無くなった。飲みに誘われるのは純粋に飲みたいだけ。恋愛のキッカケになるような飲みはまったくない。もう最初から弾かれてるのだ。それが如実に解る。そこに落ち込んでるとは、欠片も見せないけど、傷ついてはいる。恋愛対象からどんどん遠ざかっている自分を、その年齢を、いちいち実感する日々。一人で飲みに行ける店で、冗談交じりにモテないんだよねって言っても、お世辞べったりの「そんなことないでしょう」しか返ってこない。そんなことないなら、君が誘ってくれれば済むことなのに。そうは絶対にならない。そういう年齢なのだ。

 ほどほどに酔って、独りのベッドに飛び込んで大きく息を吐く。ここで寝ちゃだめだ、化粧を落とさないと。それで化粧水と美容液とクリームを塗らないと。また劣化しちゃう。またどんどん遠ざかっちゃう。もう戻らないことは解ってるから少しでも現状維持したい。呪文のようにつぶやいて、眠い顔から化粧を剥がす。もうこんなこと辞めたい。そう思うけど、辞められない。化粧しててもモテないのに、こんなスッピンを好きになってなんかもらえない。明日また化粧するために、化粧水をはたいて、美容液をしみこませて、クリームで閉じ込める。もう二度と恋愛になんか巡り会わないのかもしれないのに。

 本当にもう恋愛できないのかな。幻想なのかな。諦めなきゃいけないのかな。一人で生きていく覚悟をしなきゃいけないのかな。アイドルとか、宝塚とか、舞台とか、2次元とか、恋愛なんか意識しないで済む、熱中できるものがあったら良かったのに。なんだか涙が出そうになって、考えるのをやめる。いくつになっても恋愛したいって、さ。幻想だって思わなきゃね。期待なんかしたらダメなんだよね。そう緩やかにささくれ立った心を撫でるように言い聞かせる。そうやってゆっくりと諦めるように自ら導いて、年を老いていくしかない。それでもやっぱり、どこかで奇跡を願っちゃう。その淡い期待に何度傷ついたとしても。ああ、目を閉じる前にハンドクリームを塗らなくちゃ。 

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