『Shi Sil Str』-07

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 石を握りしめたまま、バカみたいに混雑するいわゆる乗車率200%くらいの電車に揺られている。落としたらたいへん、と石を握った手を上着のポケットに突っ込んでいるせいで、どこにも掴まっていない身体は不安定にゆらゆらする。とはいえ、密着度も物凄いので、よっぽどの急停車でもない限り、大丈夫、のはず。

 掌の中で石はしっとりすべすべと気持ちよくて、指の腹で撫でながらスベスベマンジュウガニなんて単語を思い出したり。ただの石、ただの物質なのに、小さくて儚い小動物を運ぶように細心の注意をはらって最寄り駅を目指した。大事なミッションを受けているようで、いつも苦しくて辛いだけの空間が大いなる意味のあるものに思えてきた。

 そんなわけないのに。心のなかでひとりごちでいたら、なんか顔がにやけてしまった気がする。こういう時、背が低いのって得な気がする。こんなに密着度の高い車内で、人の顔が目に入る位置に絶対ない。胸か肩か背中。壁に囲まれているような状態なので、顔がにやけたって誰にも見えない。ただちょっと息苦しいときはあるけどね。あと、やたら臭いときとか。

 石を持っているだけで、こんなにも思考や口調も……っていっても実際に話しているわけではないけど、軽やかになる。石ひとつの非日常。家に帰って眺めたい、その気持ちだけであと1時間生きていようと思える。
 ありがとうという気持ちで、もう一度すべすべの石を撫でた。

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