第四十五段 3/13 ギンヨウアジア わかりません のさらに続き

空中に、頭上に、おかしなものが漂っている。黒い細長い、糸のような。

薄暗い部屋にぐるぐると、手に届きそうで届かない。捕まえたかと思うと、するりとすり抜ける。俺がその存在に、視線を凝らしていると、

「…声が聞こえる。ポンコヅ君が倒れる前に、放った言葉

…わかっているなら…助けろ…

声が、聞こえませんか?」

この部屋に似つかわしくない可愛いお嬢さんからの、声がしますとの発言に、俺はようやく笑えることができた。

「ははひゃ。こいつの言った言葉なんだな。これが。

なら話が早い。何もないわけじゃないんだ、助かった。」

このか細い、得体のしれないものがポンコヅから出たのだとしたら、こいつは…ボールチェアにうずくまる意識ないポンコヅの、喉元に右の手を添える。

「2 択、あれヤメるわ。取りだすと取り込む、の中間、3番目。それにしとく。やれるよこれなら…けけっ」

って笑いながら、喉の中にうごめくものの存在を、指先に、感じる。喉から耳の方に、肩の方に、四方八方に広がりつつあるようだ。

右手で、ポンコヅの中の虫を触る。指は彼の皮膚の表面を軽く摘んでいるが、虫の芯を捉えていると思う。 

…わかっているなら…助けろ… 


頭の上を漂うものに、声をかける。

「降りてこい。俺が、わかってやる。からおりてこい。

大丈夫、大丈夫だから。

お前、俺が誰だかわかってないんだな。

大丈夫、俺がポンコヅの父だから…」

野良猫に初めて触る時のように、声をかける。掴みかかるようなことはしないから、大丈夫だよ。そっと左手を伸ばした。

お前も、行き場がなくて、さまよっているだけ。記憶が、細くて小さいから、主の存在がわからないだけだろう、戻してやるから降りてこい。

しばらくひらり、くるりと俺の左手に触りながら離れる、焦る。

「漂っているさん、信じていいです、お願い。ポンコヅ君を助けてあげてください。力を貸してください。お願いします」

可愛いお嬢様が、隣で声を出す。必死に頼みこんでいる。よし、この子なら捕まえてくれる。何故か、確信できた。

この娘の願いなら、俺だって妻の次に絶対、叶えてやりたいって思うから。










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