第三十八段 椅子 ボールチェア


ーわかっているなら助けろー

ポンコヅ君が倒れ落ちた。誰に向かって放った台詞なんだろう。

私は何もわかっていない。彼らの、喧嘩の原因が何か。なぜ春の雨さんが、ポンコヅ君を殴ったのか。

「…間に合わなかった。

ごめんなさい。αお嬢様、彼は虫に侵されている…と思う。」

春の雨さんが、聞こえないような小さな声でつぶやいた。

「…気づかれたのかも。我々が気づいたのだから。奴らも…」

「虫に侵されている?助ける方法はご存知ですか、助けないと。

それと、さっきはごめんなさい。私は何も知らないで春の雨さんのことを怒ってしまってて。」

ボールチェアを思い浮かべながらポンコヅ君の傍らで、頭をさげた。

現したボールチェアに、苦痛に顔をゆがめたポンコヅ君を押し込む。

胎児のボーズで丸まるポンコヅ君には、ボールチェアが少々狭すぎるようだか、そこに私も入り込んだ。優しく包み込むように、覆いかぶさって

「大丈夫、私がどうにかするからね、助けますよ。」

微笑みながら、ポンコヅ君の頬に口つけた。

助けるって。何もわからないのに、できないかもしれないのに、言いきってしまった。


ボールチェアの中から、春の雨さんに、

「助ける方法は、わかりますか?知っていたら、教えてください。知らなくても、どうにか助けて。助けたいんです。出会ってまだ少ししか、過ごしていない…」

「このまま彼を、ご自宅まで運べますか?私は薬草を調べますので。後からそちらにむかいましょう」

「大丈夫ですよ。あなたが側にいるなら、何が、あっても離れないで。側にいてあげて。」

春の雨さんの言葉に、私は落ち着いた気がする。

大丈夫、離れないよ。


「飛びたつお手伝いをしましょう、余力で彼のお宅まで戻れるように。」

そう言うとボールチェアごと、空へ放たれた。豪雨、強風の中へ。

「αお嬢様、彼の父上に気をつけて…くたさい。あやつは…だから。」

空に放り出された瞬間、春の雨さんの言葉が放つ言葉は、聞き取れなかった。


枕に落つる波の声は岸を分つ夢

簾に当る柳の色は両家の春 菅三品





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?