オクターヴ・チューニングについて
現在発売中のベース・マガジン2021年2月号でも様々な記事を執筆させて頂いたのですが、今号で連載3回目となる「ベーシストが知るべき“音”の知識 Basic Bass Knowledge」のテーマはピッチ(音程)でした。そこでこのnoteでも掲載記事に関連する内容として、オクターヴ・チューニングについて書いてみました。通常のチューニングについては過去のnoteの記事「チューニングをしよう」でも書いているので、未読の方はぜひ御一読ください。
・ ピッチとチューニングの重要性
これまでのnoteでも何回か書いていることですが、ギターやベースなどの楽器はチューニングが不可欠ですし、特にアンサンブルの土台となるベースはピッチが重要です。楽器を正しくチューニングすることはもちろんですが、狙い通りのピッチが出せるように演奏する弾き方(弦の押さえ方やピッキングなど)も重要です。
もちろんスライドやチョーキングなどの曖昧なピッチを伴う“演奏のニュアンス”を否定しているわけではありません。無自覚の不安定なピッチが一番問題なのだと思います。
ピッチを聴き分けるには多少の音楽経験や演奏力が必要かもしれませんが、正しくチューニングされた楽器で演奏していないといつまで経っても“正しいピッチ感”が養われません。だからこそ楽器経験の浅い方ほど正しくチューニングする習慣を身に着けるべきだと考えます。これらを踏まえて知っておくと演奏に役立つであろうピッチに関する知識が今号のベース・マガジンの連載記事でも書いている内容です。
・ オクターヴ・チューニングとは?
ギター&ベースのフレットは誰でも正確に所定の音程が出せるように指板上に打ち込まれているわけですが、弦の種類や楽器のセットアップ(弦高など)、コンディションなどによっては各弦、各フレットでピッチに多少の誤差を生じます。これを補正するのがオクターヴ・チューニング(オクターヴ調整)です。
具体的にはブリッジ上のサドル(駒)の位置を弦長方向に移動させ、開放弦の弦長を調整することでオクターヴ上のフレットでのピッチ(いわゆるオクターヴ・ピッチ)を補正します。
オクターヴ・チューニングにはプラスかマイナスのドライバー、又は6角レンチなどの工具が必要で、弦を外さないとオクターヴ調整しにくい機構の楽器もありますが、フェンダー系などは弦を張ったままでもオクターヴ調整が可能です。
・ オクターヴ・チューニングの必要性と頻度
オクターヴ・チューニングが必要な理由として最も大きな要因と考えられるのが各フレットの弦高による誤差です。前提として弦の固有振動数(つまり音程)は弦長が短いほど、張力が高いほど、線密度(単位長さ当たりの重さ)が小さいほど高くなります。張力、線密度が同じ弦では弦長が半分になると1オクターヴ上の音程が得られるので、12フレットは開放弦の弦長のちょうど半分の位置にあるべきですが、弦を押さえることで弦長はナット~ブリッジ間で一直線ではなく、ナット〜フレット間とフレット〜ブリッジ間へと迂回することになり、ごく僅かですが弦長は開放弦の半分よりも長く、弦の張力は開放弦のときよりも高くなります。
弦高はハイ・ポジションほど高くなるようにセットアップされるのが一般的であり、反りのないネックであっても各フレットごとに弦高が異なりますし、弦の種類や太さによっても各弦、各フレットで弦を押さえた時の弦長や張力に違いが生じます。これによって生じたピッチのばらつきを吸収しようとするのがオクターヴ・チューニングの狙いです。
オクターヴ・チューニングは一度設定してしまえば弦の種類やゲージ(太さ)、楽器のセットアップ(弦高やネックの反り具合など)を変更しない限り再設定する必要はありません。なので通常のチューニングのように頻繁にチェックする必要はありませんが、長く弦を交換しなかったり季節を跨いで楽器の状態が変化したように感じたりしたら要チェックです。
・ 一般的なオクターヴ・チューニングの方法
かなり繊細な調整になるので、高精度のクロマチック・チューナーが必要です。筆者が個人的にクリップ・チューナー嫌いということを差し置いても(笑)、クリップ・チューナーでオクターヴ・チューニングをするのは難しいと思います。因みにここに記した手順は筆者が自分の楽器で行っているものですが、万が一、問題点や間違いを発見したら御一報ください。特にプロのリペアマンの方、よろしくお願いします!
① 楽器の状態(主にネックの反り具合)を通常演奏時と同じにするために、まずはひととおり各弦を普通にチューニングします。チューニング方法は先述の過去のnoteを参照してください。
② オクターヴ調整をする対象弦の12フレットのハーモニクスのピッチを確認します。12フレット上のハーモニクスは開放弦の1オクターヴ上の音程ですね。ハーモニクスの発音方法は、12フレット近辺で弦だけに指先を触れてピッキングし、ピッキング後は左手を離します。演奏者のプレイ・スタイルによるところもありますが、一般的にはチューナーの表示はピッキング直後ではなく持続音の部分で判断したほうが良いと思います。持続音でチューナーの反応が悪いのはピッキングが荒いか、他の弦が鳴っている可能性が高いです。ペグやヘッド、ネックに触れているとピッチが安定しない原因になるので左手は離していたほうが無難です。必然的に余弦のミュートは右手で行うことになりますね。
③ ここまでの工程で開放弦のピッチは正確なのに12フレットのハーモニクスが合わなかったら弦に問題があると思いますので、弦を交換したほうが良いです(笑)。
④ 次に12フレットを押さえてピッキングし、開放弦の1オクターヴ上の実音でのチューナーの表示を見ます。ハーモニクスよりも実音の音程が低かったらサドルの位置をネック側に、高かったらブリッジ側に移動させます。
⑤ 当然、サドル位置を変えると開放弦のピッチが動くので12フレットのハーモニクスでチューニングし直します。
⑥ 再び12フレットの実音のピッチを確認し、ハーモニクスと実音のピッチが一致するまで④〜⑤を繰り返します。
・ オクターヴ・チューニングでの注意点など
弦を張ったままオクターヴ調整すると、サドルに弦のテンションが掛かっている状態でサドル位置を動かすことになるので、サドルが動きにくいはずです。微調整なら構わないですが、大幅にサドル位置を変更する場合は一度弦を外すなり大きく緩めるなりしたほうが良いと思います。
また、ネジを回して調整するオクターヴ調整はネジの遊びを考慮して緩める方向ではなく、締める方向で位置を決めるべきです。ネジを緩める方向にサドル位置を変更する必要がある場合は、狙いの位置よりも少しだけ多めに緩めたあと少しだけネジを締めて位置を決める、といった具合です。ペグの回し方と同じですね。
・ オクターヴ・チューニングの問題点と対策
新品の時点でフレットやブリッジ自体が本来あるべき位置にない楽器は論外としても、楽器自体のネックの反り具合やフレットの減り具合などによってはオクターヴ・ピッチが合わなくなることがあります。筆者のベースでの経験則ですが、正常なコンディションの楽器でもすべてのフレットで正確なピッチで演奏できる楽器は稀なのではないかと思います。特に低音弦のハイ・ポジションはピッチが合いにくい印象があります。
また、サドルの位置を変更しても12フレットの実音のピッチがあまり変化しない、もしくはチューナーで検出できないことも多々あります。どちらかというと弦の押さえ方によるピッチ変化のほうが影響が大きい、ということもあるでしょう。
ということで、筆者的にオクターヴ・チューニングについて実践していること、提言したいことをいくつか挙げておきます。
● 自分で調整する
オクターヴ・チューニングは日常的に頻繁に行うものではありませんが、やはり自分で調整したほうが良いと思います。専属の優秀なリペアマンであればプレイヤーの弾き癖や楽器の傾向を理解した上で作業してくれますが、そうでなければプレイヤーの弾き癖や楽器のコンディションの変化に追従できないからです。また自分で調整することによって自分の弾き癖、特に弦の押さえ方の傾向を知ることができますし、楽器のコンディションの変化にも気が付くことができるでしょう。
● 様々なフレットのピッチを確認する
そもそも12フレットのハーモニックスと実音だけでオクターヴ・チューニングを行うのは不十分なのではないかと思います。ある程度12フレットで調整を済ませたら、他のフレットでもピッチを確認するのが良いでしょう。あえてチョーキング気味に押さえてみてピッチの変化を確認したり、様々なフレットで和音を奏でてみてその響きや濁り具合を確認するのもオススメです。
● 弾きぐせを理解する 多用するポジションで調整する
上記のような工程でピッチを確認することで自分の弾き癖や楽器のコンディションを理解することができるでしょう。これらを踏まえた上で、多用するポジション、フレットを重視したオクターヴ・チューニングを施すこともオススメです。ベースの場合、12フレットよりもロー・ポジションのほうが使用頻度は高いでしょうし、12フレットのピッチだけを気にしてもあまり意味がないようにも思います。
・ まとめ
オクターヴ・チューニングはプレイヤーよりもリペアマンの範疇かもしれませんが、今回は一般論を踏まえつつプレイヤー目線での提案、という感じで書いてみました。
オクターヴ・チューニングをまじめにやるととても時間が掛かります。弦高を決めつつ、チューニングしつつ、しばらく弾いてみてまたサドルの位置を変更して……彼方立てれば此方が立たずという感じで、これを何度も繰り返すからです。ですが、筆者はこの時間がとても好きです。ツアーやライヴが頻発する期間以外はそれほど頻繁に弦を交換するわけでもないので、弦を交換するタイミングで指板の保湿やフレットのクリーニングなど楽器のメンテナンスと並行して楽器の状態を確認する意味でもオクターヴ・チューニングしています。
お酒を飲みながらゆっくり腰を据えてオクターヴ・チューニングすると愛器と共に至福の時間を過ごせますのでコロナ禍の今こそ、是非お試し下さい(笑)。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?