初めて岩手に行きました。花巻イーハトーブマラソン
今週末、花巻イーハトーブマラソンとやらに出走してきました。年末から身体の変調にて運動もままならず、体重も増えるし、肌の調子もいまいちだし、いやな感じだったのですが、少し練習して、出ました。年明けに出走した八丈島よりは少しましだったけど、なんせ気温22℃、ややクラクラした感じで20キロ地点で激しく横転したのち、残り1キロもないのにドーパミン出まくりで元気にゴールしました。というわけでパーソナトトレーニングにいこうと思います。色々病院や整体院に行ったところ、私の腰痛は身体がふらふらしているのが原因で、おしりの筋肉不足とそり腰が原因とわかったので、筋肉を付けたいし、走るのも速くなりたいし、なんならグッドルッキングバディになりたい方向性。人生は短いのだ。
岩手の夜は、ちょっとした居酒屋で食事を摂る。名物があったのかどうか、よくわかんなかったけど全部美味しかったし、お店の人やお客さんもなんとなくヨソもんとわかるのか優しくしてくだすった。
で、翌日マラソンに出て、温泉に行って、駅前で飲んで、またホテルへ。翌日は大好きな宮沢賢治のあれこれへ。夜はたっぷり眠った関係上、ピーンと起きて自己承認欲求について語り合った。
宮沢賢治のイーハトーブは素晴らしかったけれど、そこまでの道すがらがまず素敵だった。ずーっとたんぼ、自分の実家の景色みたいだった。こういう景色を見ると思い出す。大学生の時、何がきっかけか、もう覚えていないけれど、母さんと酷くけんかをして、母さんも怒って「お母さんはもう、森に写真を撮りに行って、そこで死んじゃうからね」と言われたこと。当時はすごくショックを受けたけれど、今は都合が良く詳細を覚えていなくて、でもきっと喧嘩の中で私がお母さんなんて死んじゃえとかそんなことを言ったんだと思う。母さんは植物の写真を撮る事がとても得意で、わたしもその写真を部屋に貼りまくるくらい好きだった(母さんまだ生きてるけど)。畑やたんぼを見ると、今は元気な母さんがいつか死ぬんだといつも思わされる。母さんが横たわっている姿を想像してしまう。そんな時に銀河鉄道やジョバンンニのことを思う。もう二度と、こんな酷い言葉は、誰にも死んでも言わないと、遙かまで広がるたんぼの景色を見る度に思う。
宮沢賢治の言葉はひとつひとつが素敵だった。雨ニモマケズの通り、自分の感情をレースのカーテンの外側において、どんな苦境にも決していからず、それでいて勇気づけてくれる。少しの笑いもあって。そのような言葉の数々は、子供の頃も今も酷くリズミカルで愉快な気持ちにしてくだすった。自分みたいにひどいことをした人間も、どこか居場所を作ってくだすっているようなかんじもあった。それで思った。私はもう、人のこと悪く言ったり、足りないことをどうこう言ったり、そういうのはしないどこう。一生懸命生きていきたいし、その方がずっと素敵なんだと思った。
母さんに写真を送ったら、注文の多い料理店また読みたくなったねと言ってたから、送って出張の合間の実家時間で一緒に音読します。
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