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四月雑記 冷えた夜とてんとう虫とガム


その日は小雨が降って、夜にとても冷えた。

スケートリンクの上を歩いているのかと思うくらい空気が冷えていた。

ひねった喩えが出てこないくらい冷えていた。

寒い、というより、冷え、だった。

柔らかい風が冷たい。

人魚の二の腕に触れたらきっとこんな冷たさ。

ひねった喩えが出てきたのは帰宅して部屋に入ったからで、

これが“ひねった”と言える喩えなのかを判断出来ないくらい体が冷えていた。



てんとう虫を思い浮かべるとき、外翅の赤さよりも斑点の黒さを強く思い出す。あの黒は濃い。

黄色いてんとう虫を見たときは赤いてんとう虫を思い出すけれど、赤いてんとう虫を見たときは黄色いてんとう虫を思い出さない。

てんとう虫が飛んできてとまったときの、しまい損ねてちょびっとはみ出た翅が、やけにこわかった。

てんとう虫が飛ぼうと翅を広げた瞬間は全ての音が止まる。

どうして、てんとう虫を思い浮かべたのかを、もう思い出せない。



ガムを飲みこんでしまった。

生まれて初めてかもしれない。

喉を通るとき、ガムの姿がはっきりと脳裏に浮かんだ。

すぐに[ガムを飲みこんだ]で検索した。消化されずに出てくるらしい。1個くらいなら大丈夫らしい。

生まれて初めてガムを食べたのはいつだろう。

よく、どんぐりガムを食べていた。ぶどう味とかコーラ味とかあるやつ。

当たり付きで、当たり付きだから食べていた。もちろんおいしくもあった。

あのガムは飲みこんでいた。

あれは飲みこんでもいいガムだった。

『ガムはガムでも飲みこんでもいいガムは?』

「どんぐりガム」

『ガムではないけれど飲みこんではいけないガムは?』

「しゃがむ」

うん。しゃがむほどの気持ちを飲みこんではいけないね。

『しゃがむほどの気持ちって?』

うーん。急になぞなぞみたいなことを書いてくる顔も声も知らないひとには言いたくないかな。

『気持ち飲みこんでるじゃん。』

違うよ。

『吐き出すところではないということ?』

当たり。



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