八月雑記 アーカイブとヒーローと折り畳み傘
『アーカイブは海の底』
[アーカイブ]
私はこの単語に、海底が結びついていた。
子供の頃に初めて[アーカイブ]という単語を聞いた記憶。
沖縄の海の映像を収めたDVDのCMだったと思う。
珊瑚礁の間を泳ぐ熱帯魚や光の届かない海の底の沈没船の映像に、男の低く柔らかな声の「アーカイブ」が重なっている。単語の意味を知る前だったので、[アーカイブ]はその光景を指すものだと、覚えようという意識も無く感じていた。
本来の意味を知ってからも[アーカイブ]を使う機会が少なかったので、単語への認識が混ざり、記録が情報の海の底に沈んでいく感覚を持つようになっていた。
月日が経ち、大配信時代が訪れた。
日常的に[アーカイブ]を目にするようになり、本来の意味に加えて、観てもらうための宣伝期間・観るか観ないかを判断する猶予期間という認識になった。そこに結びついているのは数字で、海はもうなくなっていた。
ある日。夜中にタイムラインをざっくりと見流していて、告知の一文が目に入り、
「アーカイブ」
と、頭の中で、聴き覚えのある声で読み上げられた。
あの海を思い出した。
[アーカイブ]
私はこの単語に、海底が結びついている。
『歩いて行ける距離に怪人』
先輩のネタ作りを手伝っていて、ヒーローの設定で考えているときに「ちょっと返信していい?」と、溜まっている連絡を返していいかを聞かれた。
「変身していい?」に聞こえた。席を外して誰かを助けに行くんだと、一瞬だけ本気で思った。
一瞬だけ、ヒーローのいる世界に居れた。
『あの傘は死んでいなかった』
バキバキに壊れた折り畳み傘を差している人がいた。
この文ではまだ、私が覚えた違和感を伝えきれていないと思う。
もう少し細かく描写する。
小雨の中、私の少し前を歩いている、上背がある筋肉質な男が、バキバキに壊れた折り畳み傘を差していて、もう差すというよりただ傘の位置で持っているだけの感じだった。
文の拙さへの違和感はさておき、これで少しは伝わっただろうか。
その姿が視界に入ったとき、疑問がいくつか浮かんだ。
(傘を差すほどの雨か?)
(そんなバキバキの状態でまだ使う?)
(その体型の人って折り畳み傘使う?)
(この小雨によるダメージとは考えにくいから壊れた状態のを持ち歩いていたってことよな?)
疑問の答えが見つからないかと見ていたら、その姿に、背負っている仲間が死んでいることに気づかないふりをして歩き続ける兵士の姿が重なった。
ここからは想像の話になる。
体が細い頃から使っていた折り畳み傘だったのだろう。
ジムへの行き帰りを共にした折り畳み傘だったのだろう。
鍛え上げて体が大きくなってからも共に歩き続けたのだろう。
壊れたことを認めたくないから、いつものように歩き続けているのだろう。
曲がり角で姿が消えて現実に戻る。思考も現実寄りになる。
鍛えている人が小さめのTシャツを好んで着るような感じで、小さめの傘を選んだのかもしれない。ありそう。
どんな物語であれ、あの傘は幸せだろう、幸せであってほしいと思った。
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