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最近緑色のネイルをよくする

 最近緑色のネイルをよくつける機会がある。
 緑色。
 私は緑色を見るたびに、苦手意識が湧くようになっていた時期がある。
 嫌いではない。嫌いではないけれど、少し心がもやもやする。という苦手。

 数年前勤めていた会社で、「私、緑色が好きなの!」と公言している人がいた。服や持ち物もグリーンで統一されていて、私が緑色の服を着て来たら「いい色ね!」と必ず褒めてくれる年上の女性だった。

 その頃私は緑色について特に愛着はなく、失礼だけれどそんな緑好きな彼女に対して(珍しいな)と思っていた。
「落ち着くし、ナチュラルな雰囲気があっていいですよね。目に良いですし」と当たり障りなく答え、本当にそう思ってもいた。


 その緑色が好きな人について、何をどう話すべきか悩む。
「悪い人ではない」が免罪符になると思っているのは大間違いだという論調を昨今よく聴くし、なんとなくその意見にも同意している。
 でも、本当に特に悪い人ではなかった。

 意地悪でもなかったし、同期ということもあり話す機会も多く仲良くしてもらっていた。手作りのお菓子やごはんをもらったり、緑色のプレゼントをお返ししたりして同僚として円満な関係を築いていたと思う。

 ただ、私が会社を辞めるその最後の日、彼女から言われた言葉がずっと心に残っている。

「絶対、ぜ〜ったい誰にも言わないから、会社で嫌いだった人教えて〜」だ。

「誰にも言わない」は嘘だろうというのは流石にわかる。
 そう言われて正直に答える程私は馬鹿に見えてたんだろうかとか、もし答えを知ったとして、それがその人にとってのエンタメになるのかと思うと、どうしても彼女の人間性にもやもやと苦手意識が宿った。

 とはいえ私に嫌いな人がいると思わせていた部分は、私に非があるのだろう。

 前時代的な会社の方針にかなり憤ってはいた。
 今時A3サイズの紙と定規を渡され、そこに細かに記された表の数字を追え、間違えるなと言われたら「Excelは使えないんですか? 関数で自動的に出す方が簡単で正確ですし時間も短縮されて効率的です。間違いが減ればクレームも減りCSもESも向上します。なんなら私が作ります。」と上司に食い下がるくらいには我が強い姿を晒していた。
 データをもらい、仕事中すきま時間をみつけて実際Excel表を作って見せたが個人で使用する分にはいいが社内で共有はできないというのが上司からの返答だった。変わろうとしない会社と私からの不機嫌な突き上げに板挟みになった上司は可哀想だったが私はどうしても納得できなかった。

 そんな憤懣やるかたない私の様相を見て「嫌いだった人教えて〜」に至ったのかもしれない。

 新しい職場で、隣の席で、問題なく友好的に会話ができる人がいて嬉しかった。その職場で一番最初に仲良くなれた人だった。
 たった一言のもやもやで、その人を「嫌い」と言えない。不快な質問だったが、それを言わせるような要因を私が作っていたことも事実だ。

 退職し今後会うことはないのだから、さっさと忘れてしまうが一番心の健康にはいいのだろうに、私は緑色を目にする度に、何故か彼女のことを、彼女の最後の言葉を思い出しては落ち込んでいた。

 緑色と、彼女の不躾な質問が直結してしまう。

 自然と緑色を避け視界に入れないようにしていた。

 けれどネイルを始めてから、否が応にも視界に緑色が映るようになった。

 とても綺麗な緑色ばかりだった。森林のような、宝石のような、宇宙の一部のような、鶯のような、春の芽吹きのような、絵画のような、海のような、ライムのような。

 緑色はたくさんの美しさやかわいさで、私の心を躍らせてくれた。

 いつのまにか自分でも緑色を身につけるようになり、気づけば苦手意識がなくなっていた。時々思い出すことはあるけど、もう避けるようなことはない。

 美しい緑色をちゃんと美しいと思えるようになれて嬉しい。

 誰かの好きなものを聴くと、その人とその人の好きなものを繋げてしまう。
 たまたま入ったお店で姉の好きな鳥獣戯画のグッズがあったら思わず買ってしまうみたいに。
 誰かを苦手に思ってしまい、その誰かと繋げて憶えていたものをも苦手になることはとても勿体ないけれど、多分また同じようなことがあれば私はまた、そのものを避けてしまうだろう。

 気持ちの切り替えが下手くそな私は、その人とものとをすぐに切り離せはしないとわかる。

 でも苦手になり逃げるように避けていたものをもう一度好きになれると知った。以前よりもずっと愛着を持てると知った。

 今回はネイルと出会えたからそう転んだだけで次はどうなるかわからない。誰かのせいで私はうるさいバイクが嫌いなままだし、誰かのお陰で好きになったものもたくさんある。

 緑色はずっと緑色のままなのに、好きになったり苦手になったりして、私は一人相撲をしているみたいだ。

 せめてこれからも、好きな人を好きなまま、その人の好きなものも好ましく思えていたい。
 それが難しくても、きっと、ネイルのおかげで私はこれからも緑色が好きなままだろう。

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