聞いた話

「あそこの話を聞いたのは、中学生の頃でしたね。僕、地域のBBSとか見る派で」
都内のカフェで、彼が話し始めた。

底なし沼の噂知ってる?この辺りにあるらしいんだけど、初めは確か、そんな書き込みだったと思います。
まちBBSっていうのがあるんですよね、そこはなんというか、インターネット井戸端会議みたいな、あそこにお店ができるらしい、あそこは閉店するらしい、あそこで事故があった…みたいな、新情報から怪しい噂話まで、そういうのが日々書き込まれてるんです。
それで、底なし沼の噂を聞いて、すごく興味が湧いたんです。
だってほら、そこ、底なし沼があるような立地じゃないんですよ。埼玉の都市部、未開の地なんて無いようなもんですよ?底なし沼なんてあるわけないじゃ無い、そう思っていたんですけど…。
“きんぺどん”の話だよね?
と書き込みは続きました。
“隣市との境目にあるあれ?”“柵で覆われてるあそこ?”
そして噂話が具体性を持っていき、
“子供が年に一回は死ぬらしい”“あまりにも死ぬから柵が設けられた”“柵に穴がある”“潰せばいいのに不自然に道が迂回してる”“住所はこれか”
Googleマップの座標が貼られた頃には、それは真実として存在する話となりました。
そうなると中学生の僕としては行ってみたくて仕方がない、もう翌日の放課後には自転車を走らせていましたね。
学校終わりが15時半ば、家に着いて自転車を漕いで、そこに着く頃には16時を大きく回っていました。
そこは柵に囲まれた雑木林で、外から中を伺うことは困難でした。
だから私は書き込みにあった穴を探し、中に入ることを決意したんです。
傾いた日の中、薄暗い空間で入り口を探すのは困難でしたが、中学生の好奇心は強く、全身葉っぱとゴミまみれになりながらも柵の破れた穴を発見することができたんです。
そして中の雑木林をかき分け、そこにあったのは、沼でした。
それほど広い沼でもありません。車一台ほどでしょうか、とても底なし沼には見えません。
ですが、水かさと沼の淵の高さに大きな差があり、一度落ちてしまえば這い上がるのは困難に見えました。ましてや小さい子どもならきっと上がることは不可能でしょう。
これが底なし沼の正体かと、そう納得した私は最後に沼に向かって小石を投げてみることにしました。
手のひらに収まるくらいの大きさの石を拾い、沼に向かって投擲、そして沼からはチャポンと音が

しませんでした。水があり、波紋が揺れる、なら音がするはず…と思ったところで、周囲の音が聞こえないことに気付きました。
いや、よく聞こうとすると聞き取れますが、深い水中にいるかのようにくぐもっています。
その瞬間、厭な妄想が頭に広がりました。
沼に落ちた人はこう音が聞こえるのか、すぐ横に線路があるのに電車の音も、最低限あるはずの風の音もきこえない。
私は慌てて外に出ました。
一目散に自転車に乗り家に帰りましたが、耳は聞こえないままです。
すぐ母親に泣き付き、母親は僕を地域の病院に連れて行ってくれました。そして病院で言われたのが、「左耳の鼓膜が破れていて、右耳もほぼ破れてる。何したの?」

「と、そんな話です。あ、耳はその後ちゃんと治りましたよ」

「普通にオチがある怖い話じゃないですか。その後、掲示板と…沼ってどうなったんです?」

「掲示板はまだありますよ、とくに沼に関して新情報はないですね、ほら、噂話って45日とか言うじゃないですか、そんなもんですよ。あと、沼はたぶんまだあるんじゃないですかね?数年前に里帰りした時には電車の車窓から見えましたよ」

「…75日ですね」

底なし沼の話     終

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