聞いた話

この話をしてくれたのは、干支で言うと3周以上は年上の先生だった。
「俺な、若い頃は昆虫採集が趣味だったんだが────」

まあ今の子は…いや、今の子は逆にやるのか?YouTuberとかでもいるもんな、虫を収集したり観察したりする人。
きっかけは単純だよ、駄菓子屋にあったんだよな、昆虫採集キットが。赤が毒薬、緑が保存薬、そして注射器とピンのセット。今考えたらとんでもない遊びだよな。
まあいい、ともかく俺は昔は昆虫を探しに山に潜ったもんだった。
そん時俺は高校生なりたてでな、高校生と言うと…なんか、すごい開放感があったんだ、俺は大人になったぞ!みたいな。何でもできる、どこまでも行ける、そんな無敵感だな。
だから俺は無謀にも単独で夜の山に向かったんだ、お前らは絶対やるなよ、俺は遭難した、そんな話だからな。
山の入り口からまっすぐ山頂に進む、これなら流石に迷わないと思ったんだろうな。でも目的は虫集め、当然道中はキョロキョロと辺りを見回してばかり…そりゃどんどん方向も狂ってく。
いや、まあ山頂には着いたんだ、その頃には虫も何匹か捕まえていてな、中にはどう保存するのかわからんが手のひらサイズのナメクジまでいた、こんなにでっかいやつ、ヘビみたいな。
それで山頂に着いた俺は、“自分の中で”来た方向へと引き返した。馬鹿だからそのまま降れば麓に着くと思ってたんだよな。
当然来た道とはズレてる、でも夜だから気付かない。
そんで俺は見事に遭難した。
降りてるはずなのにな、登りになったんだ。そんなわけないから当然気付く、自分がどこにいるかわからない事に。そこからは虫取りなんか諦めて帰り道探しだよ、顔真っ青にして。

夜も更けて日が登ってきた頃、山の中なのにやたら平地になってる拓けた場所に着いた。馬鹿なりにそこで頭を働かせてな、「ここなら空がよく見える、太陽が昇る方角がわかれば帰れるかもしれない」って考えて、もう少し、太陽が見えるようになるまでここで休むか、となったわけだ。
落ち着いて辺りをゆっくり見渡すと、そこらかしこに桑の木が生えてて実を付けてる、腹も減ってたしこれ幸いと桑の実を…わかるか?野いちごみたいなもんだ。あれはうまかったなぁ…今でも思い出せる。水分も摂れて、腹も満たせる、生き返った心地だった。
そうして桑の実を取ったそばから食ってたらな、桑の木に虫がいる事に気付いたんだ。さて、何がいるかな…と見るとさ、それが、“蚕”なんだよ。
知ってるか?蚕。簡単に言うと蚕って言うのはな、絶対に自然界では生きられない虫なんだ。
力も弱く、免疫力も低く、生存能力もほぼない。
そんな蚕がその木に付いてるんだよ。
そして落ち着いて周りをジッと見るとな、いるんだよ、周りの桑の木に、蚕が、たくさん。
偶然繁殖した?あり得ない、絶対に生きられない、風が吹いただけで死ぬとも言われてる蚕が…いや待て、風は、風は吹いているか?吹いていない、ここは群馬だぞ…?(注釈:群馬は地形の関係で強風が吹きやすい)
一気に背筋が寒くなった、つまりここは“あり得ないことが起きている場所だ”ってな。
たかが虫がいたくらいでなんだと思うだろうが、それくらいあり得ないことなんだ。
蚕がいただけであり得ないのに、この地形で無風、それはもう、ここがこの世じゃないんじゃないか、俺はどこに招かれてしまったんだ。
そこで俺は咄嗟に、虫かごの中の虫をすべて落として、虫かごもそこに捨てた。網も、保存容器もだ。
それできた道を引き返してまた山を登り始めた、ここにいるよりかはマシだ!ってな。
2度の登頂で身体はボロボロになっていたが、さっきまでとは違って日が登っていたせいか、かろうじて人の踏み跡のある道を見つける事ができた。地元の山菜採りとかがたまに来る山だと聞いてたんでな、それを目印に帰ると…少なくとも山を降りる事には成功したよ。元来た入り口からはかなり離れてたけどな。
そこからは家に帰れて、それで不思議体験は終わった。

まぁ普通の話ならここで終わりだろう。
そこから俺はな、俺が迷い込んだあそこが本当にあるかを調べる事にしたんだ。
群馬県に聞いてな、航空写真が見れないかと頼み込んだら、高校生が勉強熱心だなぁと快諾してくれた。わざわざ資料をコピーして学校まで送ってくれたんだ。
そこには…確かにあった、ただ俺が居た山から二つ離れた山に。そして…いや、次の調べた事と併せて話そう。
そして次はその土地が何なのかを調べた。
するとな、登記された土地だったんだよ、山の奥なのにな。
もう分かったやつはいるかな?そう、群馬、蚕、山奥…そこはな、かつて養蚕場があったんだよ。
土砂崩れの可能性のある土地で、そこから住人を別の場所に移動させる過程で廃れた養蚕場だったらしい。
…ただな、俺はただ拓けた土地に桑が茂っている場面を見ているが、航空写真では…廃墟が残ってるんだよ、養蚕場と、周囲の家々の…。

とまあ、そんな話だ。
Googleの航空写真ではもうほぼ見えないな、森に還った、って感じになってる。
でも分かっても行くなよ、何があるかわからんからな。
俺?俺は行ってない、置いてきた竹の虫かごは後ろ髪を引かれたが…なんとなく俺は、あそこに嫌われてる気がしたんだ。
もう2度と関わりたく無い、虫とりもやめちまったよ。

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