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3分間の雲の移りかわり

髪を取り乱したような雲

朝の9時41分頃に見上げた時の雲

何を見つめているのだろう

どこを見つめている

最近、雲を見つめているといろんな姿を見る

一つの雲に隣の雲が何かをささやきかけているようだ

奇妙な雲だが

それに受け答えしているように顔をあげている

とおもった途端、小さな雲が髪を取り乱した雲に近づく

僅か数秒の移りかわり

何を話しかけているのだろう

不図、昨夜の親友からの電話を思い出した

大阪に住む親友には東京へ上京する頃世話になった

九州から大阪までの旅費しかなく、

大阪の親友のアパートに転がり込んで1ヶ月居候して東京までの旅費を稼いだ

今でいうチリ紙交換のかたちでリヤカーを引いて廃品回収の仕事

東京に立つ前夜、学生服だった私に古着だが背広を買ってきた

時計を質に入れてのことだった

心配する私に”なんとでもなるから頑張ってくれ”の一言

それから年を重ね、定年を迎えての隠居生活

その親友からの電話

脳内出血で3ヶ月入院して退院

前後のことは記憶にないが言葉に詰まり、

両手のしびれと片目の視力がなくなり歩くのも困難になった

言葉に詰まるたどたどしい話し方で

”がん、と聞いた。君がまさにと驚いた”

病状見舞いの電話だ

自分のことはさておいての病状見舞いだ

”初期だ、心配ない。まだ、山に登ってるよ”

”君らしいが無理しないでくれ”

こんなやり取りに30分かかった

雲を見上げたままの私を見つめている

高校生の頃貧しかった私は

彼の弁当を分けてもらっていた

苦しいときはお互い助け合っていこう、というのが合言葉だったが、助けてもらっていたのはいつも私だった

東京へ着いて宿舎に落ち着いてから

背広を着るとポケットに現金が入っていて

手紙が添えられ”出世払いだ。頑張りを期待してる”、と

私が九州へ帰省すると,必ず彼も帰省してきた

若い頃は病気一つしない彼が脳内出血で倒れるとは想像つかなかった

雲は何かを語ろうとしている

生きていればどこかで思わぬ病に冒されるものだ

彼は今のところ命の心配がない

歩けるようになったら、群馬の草津温泉に入って語り合いたい、と

雲の形が崩れていく

前夜のそんな電話のやり取りを思い出しながら

彼はいつも変わらないな

自分のことよりも他人のことを心配している

電話を切る最後に、変わらぬ声を聞いて安心した

これからは、一日一日を大事にして過ごしたいという

私は、かけがえのない親友を亡くしたら年甲斐もなく泣くだろう

一日でも長く生きていてほしい

電話を切る最後に、変わらぬ声を聞いて安心したという彼に

”僕は、100歳までは生きるよ”、と伝えたら

昔のように豪快な笑い声とともに電話が切れた…

見上げたままの雲を見ていたのはわずか3分だった

短い3分だが

走馬灯のようにいろんなことが記憶の中をかけめぐった。






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