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わたしは必ず あなたを探すわ

ふと。
獅子文六の『断髪女中』をひさしぶりに読みたいな、と。

「ただ なんのけなしに そんなことをおもった」

というだけのこと。ではあるが。




髪を切った。

ばっさりと、切り落としてもらった。

SNS上の反応は一見好評なようでいて、友人知人からはLINEやDMが相次ぐ事態となった。

「大丈夫?何かあった?」

なにもない。

「引退するの?」

しない。時折考えないでもないけれど、予定にはない。

「就職するの?」

しない。再就職できる年齢じゃなくなりつつある。

「失恋でもしたの?」

してない。失う以前に得てもいないが。

「あくちゃん溜め込むタイプだからさぁ」

なんて電話まで来た。まてまて。気持ちは嬉しいが。

別に何かあったから髪を切ったわけではなくてね・・・みたいなことを滔々と呟くのも何だかなぁ、と思ったので、わざわざここまで読みに来る酔狂な人たち、日ごろnoteを楽しみにしてくれる奇特な読者諸賢に向けて書く。

そう。先んじて言っておくと、失恋をしたわけでも、音楽業を引退して一般企業に就職するわけでもなく。元を辿れば『ずっと切ってみたかった』というところに起因する。ほんとうに、ただ切ってみたかっただけなんだ。

心機一転、引っ越しをしたのも手伝って、長年の好奇心を発破させるには良いタイミングかも知れないな、と思ったからだ。


長い髪は、自己肯定感が低くて自分に自信が持てない僕の戦装束そのものだった。立ち向かっていくための武器であり、身を守るための鎧でもあり、人から覚えてもらえる、愛してもらえる特徴、アイデンティティのひとつと呼べるものだった。
自己と外界の接合面で一番好きな部分だったけれど、その一方で、打算的に、惰性的に、選択肢を固定して落ち着いてしまうことに対する自己懐疑がいつの日からか芽生えてもいた。

似合う、素敵だ、と言ってもらえるのは本当に嬉しくて誇らしいのだけれど、どこかで”あくと=長髪”のイメージに縛られてはいないか、振り回されていないか、という気持ちが沸き立つようになり。
元来思い切りが良い方ではない及び腰タイプなので(引っ越しがずるずると先延ばしになっていたのが何よりの証左)「切ってみたいなぁ」「他に何が似合うかなぁ」と探してはみるものの結局切らずにそのままを維持する、という時間を繰り返し過ぎた、そんな自分ごと断ち切る気持ちで、鋏を入れてもらうことにした。

そも、自分に何が似合うのかもいまだに良くわかっていないのだ。どうせ切るなら『僕のことを知らない』『まだ会ったことのない人に』ということにしてみた。

もうバンドはやっていないし(S.A.M.E.は別として)、そもそもにおいて今はフリーランスだし、プロダクションとの契約書面の付帯条項に『容姿の維持』が含まれているわけではないし、社会通念上の清潔感を損なわない程度に日々の見た目が整ってさえいれば良いのだ。
どう転んでも別段どうということはないのに「人からどう思われるか」がこんなにも重さを帯びるほどには、多くの人と関わって来られたんだなぁ、なんて感慨深い気持ちになったりもした。
こじらせ過ぎた臆病にも、鋏を入れてもらうとする。

ありがたくもご紹介を賜り、お店まで赴く。

「好きにしてください」

オールイン。
手持ちのチップは、これまで長い髪の僕を好きでいてくれた人たち。


切ってしまったら、みんな。

僕を好きじゃなくなってしまうだろうか。
仕事が減るだろうか。
髪が短かったら僕は僕じゃなくなるんだろうか。
たかだか髪の毛ぐらいで?どうせまた伸びるのに?
いやいや、見た目は大事だ。手放してどうする。
うむむ。いやしかし。うむ。

そんな杞憂ごと、全ベット。

肩甲骨を通り過ぎた辺りの、背中に散らばる襟足をひとつかみ。『シャキン』と一太刀入れられたところで「あ、退路が断たれた」と思った。戻れない場所に足を踏み出してしまった。どこに向かっているのかはわからないし、先導役の美容師さんの仕事に口を出すのも座りが悪いので、少しずつ髪が削ぎ落とされていく様子を眺めていた。

「何か雑誌とか読まれます?」
「大丈夫です〜見てたいので」
「あはは」

あはは。
眺めるとはいってもメガネを外しているし鏡が遠いので視界は終始ぼやけていたのだけれど。
ケイト・ブランシェットが主役を演じた『エリザベス』という映画での、侍女が泣きながらエリザベスの髪を切るシーンが脳裏に浮かんだ。運命を受け入れる覚悟を決める、実に印象的な場面。
あの時のケイト・ブランシェットはどんな表情をしていたっけ。

ケイト、好きだなぁ。レオ様(ディカプリオ)に並んで、ぶっ飛んでる役やってる時が活き活きしてて好きだなぁ。
お腹が空いたなぁ。
煙草が吸いたいなぁ。


なんて考えていたら、あっという間に切り終わっていた。


気分は軽やか。
嗚呼、切ってよかった、と思う。

託して応えてくれた美容師さんに感謝。

「絶対大丈夫です。最高に似合ってます」

と背中を押してくれたので、信じてみようと思う。
ショートヘアーのAkht.も、どうぞ。よしなに。



次は何にチャレンジしてみようかな。

怖くてずっとできなかったピアスとか。
飼ってた猫の名前をタトゥーにしてみるとか。
メガネをやめてコンタクトにするとか。レーシックはこわいけれど。
登山にも行ってみたい。一人旅もいいな。

凪いでいた時間が長かったから、こういう時の爆発力に身を任せてみるのは楽しいんだな、なんて思ってる。

二十歳の頃の写真が出てきた。

ただ髪を切った、というだけのこと。

別に何かが大きく変わるわけじゃあない。
僕は僕のままですよ。




同居人が増えた。

ヤシ

かわいい。
住民票を取りに行くのが面倒なので大家さんには内緒にしておく。

そんだけ。



読んでくれてありがとう。


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